
2023年12月に第1回、今年2月に第2回を終えた人気シリーズ「小山実稚恵の室内楽・新章」の第3回が12月に開催されます。小山実稚恵さんにお話をうかがいました。
[聞き手・文/中村ひろ子(プロデューサー/翻訳者)]
【目次】
・稀代の名演だった前回のシューベルト
・今回はブラームスを味わい尽くすプログラム
2月の第2回は、シューベルトのピアノ三重奏曲第1番と第2番の2曲という思い切ったプログラムで、稀代の名演でした。小山さんと、矢部達哉さん、宮田大さんが、弾きながら顔を見合わせて幸せそうな微笑みを交わしていらしたのが印象に残っています。幸せ、でしたか。
小山:もちろん幸せでした。よかったですねとか言葉にする感じではなく、とても自然に心が寄り添うというのか......そもそも3人とも、シューベルトをすごく愛していたんです。弾く前から、お互いがシューベルトに向かう気持ちが伝わっていました。矢部さんも宮田さんも作品に対してとても真摯で、細かなフレーズで、ここはこうくる! というところが通じ合うんです。胸が詰まるくらい、最高のトリオでした。本番がなくても、リハーサルだけでも永遠にしていたいと思ったくらい。
それは、シューベルトだからというのもありましたか?
小山:あったと思います。それを今の年齢になって弾いたから、というのもあったかもしれません。シューベルトは元から好きでしたし、旋律が本当に美しいと感じていましたし、本物の天才だと思っていました。でも、今はそれだけでないものを感じるんです。願いが叶うんだろうか......って、聞いている人がみんなシューベルトを応援したくなるようなものを感じる。全人類の母性愛をくすぐるというのでしょうか。
お客様も一体になって聴いていらっしゃいましたね。シューベルティアーデってこういう雰囲気だったのかなと思いました。
小山:弾いていて、お客さまもいっしょに息をしているのが感じられました。それは、シューベルトが歌曲の人だからかもしれません。弾いているひとも聞いているひとも呼吸がしやすくて、ブレス感を共有できるんですね。今回弾くブラームスもすごくそういうところがあります。
今回は、オール・ブラームスですね。1曲目はヴィオラ・ソナタの第2番。川本嘉子さんとは、もう何度も弾いていらっしゃいますね。
小山:この曲は2022年以来ですが、また演奏は変わるでしょう。彼女はやはり只者ではないというか、いろいろな意味ですごい人です。大胆と繊細が共存している。弾き方が大胆というのではなく、弾いている刹那刹那の感じ方、感情が大胆なんです。かと思うと、びっくりするほど用心深くて繊細なところもある。何度合わせても読めない魅力があります。
2曲目のピアノ三重奏曲第3番は、比較的弾かれる機会が少ないですね。
小山:私も、第3番は何十年も前に一度弾いたくらいです。このメンバーではもちろん初めてですね。3番は、いい曲なんです。1番と2番は言わずもがなの名曲として君臨していますが、だからこそここでは3番を弾いてみたいと。他の2人もそうだと思います。ブラームスが53歳で、とても充実していて、いっぱい曲が書けていた時期ですよね。たぶんとても幸せで、淀まずに自然に筆が進んで、すごい速さで書いたんだろうなという勢いがあります。初めて聞く方も多いと思いますが、第一生命ホールのお客様は「知らないから聞いてみたい」という方たちで、いつも見えるお顔もわかっていますから、安心して選びました。
3曲目は、ピアノ四重奏曲第1番。ピアノが入るアンサンブルというのは、弦楽だけの場合とどんな違いがあるのでしょう。
小山:私もそれは気になって、聞いてみたことがあります。弦楽四重奏は、4人の役割があまりに緻密で、切迫した緊張感があって、怖いと。そこにピアノが入ると、ピアノにある比重を置いて、ピアノとヴァイオリン、ピアノとチェロ、ピアノと3人といろいろな関係の中でそれぞれの役割がわかりやすくなって、気持ちがおおらかになるようです。それとブラームスの場合、演奏会ではピアノは自分で弾いていましたからね。単に作曲をするのではなく演奏者としての気持ちも多分に入っているのが、弦楽四重奏曲とは違うところだと思います。ブラームスには、独特のピアニズムがあります。ちょっと土臭いというか。そこが好きです。ブラームスって、自然を感じさせるものがあると思うのです。ベートーヴェンは自然を見ているけれど、ブラームスは自然の生命そのもの。自然と一体になっている。森ですね。ブラームスは森っぽい。木の間隠れにやわらかい日差しが射してくる森。空気は乾燥しているけれどちょっと湿気もある、風が淀むこともある......それがまたいいんです。
今回はそんなブラームスを味わい尽くすプログラムですね。大人気ですでにチケットは完売と伺いました。また楽しみに聞かせていただきたいと思います。