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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

林美智子(メゾソプラノ)

室内楽ホールdeオペラ
林美智子の『フィガロ!』
アリアでつなぐ『フィガロの結婚』全幕

 メゾソプラノの林美智子がプロデュースする《フィガロの結婚》がガラリと中身を変えて第一生命ホールに帰ってきます。オペラ全編からアリアだけを取り出して、語りやセリフを交えた芝居仕立ての物語の中で歌いつなぐという「全アリア版」。2016年から繰り返し上演して好評を得た、重唱のみで構成するという型破りな「重唱版」のダ・ポンテ三部作と対称をなす内容です。意気込みを聞きました。

【聞き手・文:宮本 明(音楽ライター)】

20250920HayashiMichiko(C)ToruHiraiwa.jpg重唱版から、いわば逆サイドに振り切って、今度はアリアだけ。どんな舞台になるのでしょう?

 重唱版はおかげさまでたいへんな反響をいただきましたが、『やっぱりアリアも聴きたい!』というお声も多くいただきました。それならいっそ、"アリアも"ではなく、"アリアだけ"にして、宝物のようなモーツァルトのアリアを楽しんでいただこうと。
 ただしコンセプトは重唱版とまったく同じです。つまり第一生命ホールの小空間を生かした演出や、最小限のシンプルな装置・衣裳による芝居仕立てで、全アリアを、ストーリーの流れに沿って、楽しくお届けします。


《フィガロの結婚》のスコアにモーツァルトが残したアリアはカヴァティーナを含め全部で14曲。でもそのすべてが歌われることは、オペラ劇場での舞台上演でも、意外に少ないですね。

 そうなんです。第4幕のマルチェリーナのアリアやバジリオのアリアは、たいていカットされてしまうのですけど、どちらも素敵な、面白いアリアなんですよ。一方で、物語の中ではあんなに存在感のあるアルマヴィーヴァ伯爵なのに、あれ?アリアは1曲だけ!?とか、いつもの《フィガロ》を見る時とは違う視点にも気づいていただけると思います。


出演は、大ベテランからフレッシュな新人まで、豪華な顔ぶれが揃いました。

 年齢幅はすごいですよ(笑)。私は、オペラは幅広い世代の人がいてこそ成り立つものだと思うんです。もちろん舞台を積み重ねてきたからこそ湧き出てくるものがありますし、若い人もそこに乗っていったり。


2023Cosi_Ikeda(C)IkegamiNaoya.jpg池田直樹さんの配役は、「バルトロ/語り」となっています。バルトロが狂言まわしのような役どころになるということですか?

 いいえ。バルトロはバルトロ、語りは語りとして、別のキャラクターで演じていただきます。池田さんは、歌い手としてはもちろん、役者さんとしても魅力的な方なので、大黒柱のように中心的な役割を担っていただこうと思いますが、今回、語りやセリフはあくまでも説明というか、アリアや登場人物を浮き立たせるための"つなぎ"です。歌も芝居もと、両方が色濃く出るとお腹いっぱいになってしまうので、そこはメリハリをつけていきます。


重唱版の《フィガロ》ではケルビーノで大活躍だった"座長"の林さんが、今回はマルチェリーナとバルバリーナの2役なのですね。

 ケルビーノは新鮮な若い役ですから、若い方につないでいっていただきたいと思いますし、じつは演出的にも、バルバリーナのアリアとマルチェリーナのアリアが近い場面で歌われるので、その両方を私が歌って2つの役をつなぐと、ちょっと面白いことができそうだなと閃きました。


2018Figaro(C)IkegamiNaoya_24.jpg今回そのケルビーノを歌うのは石田滉(きらら)さん。4月にグノーの《ロメオとジュリエット》で藤原歌劇団にデビューしたばかりの注目の若手です。

 彼女はペーザロで学んだりしてロッシーニを得意としてるんですけれども、ズボン役から魔女やお婆さん役まで幅広く歌える方で、これからオペラもたくさん歌われると思います。私もハイ・メゾで、ソプラノもアルトも歌ってきました。彼女も声帯が似ているのかなと、自分と重なるものを感じてうれしく思っています。


スザンナの迫田美帆さんは、この数年の間に、あっという間に日本を代表するプリマ・ドンナに駆け登った観があります。

 素晴らしいですよね。昨年の兵庫県立芸術文化センターの《蝶々夫人》で初めてご一緒しました。スザンナは初めてだそうです。ぜひやってみたいということで。ドラマティックな少し重い声の役柄も素晴らしいコントロールで歌うので、《フィガロ》だと伯爵夫人のほうがオファーが来るのかもしれません。でもスザンナのアリアはテクニックが必要で、とても難しいんです。あれをきれいに歌える歌い手さんは、なかなか少ないと思いますので、ご期待ください。って、迫ちゃんにプレッシャーかけちゃうけど(笑)。


2018Figaro(C)IkegamiNaoya_31.jpgアリアだけの上演ということで、一曲ずつ拍手をしていいのかどうか、迷うところです。

 もしかしたらそこも演出に含めて、拍手をご遠慮いただいたり、逆に拍手を要求することもあるかもしれません。多くの歌い手は拍手が欲しいですから(笑)。どちらにしても、演奏が良かったと感じていただけたなら、もちろん自然に拍手していただければうれしいです。


2023Figaro(C)OkuboMichiharu_525704.jpg重唱版の時には、みんなで集まってアンサンブルの練習に多くの時間を割いたと思いますが、今度はソロだけ。アリア部分はそれぞれの個人練習ですか?

 いえ、そうでもないんです。アリアを歌うのはひとりぼっちですが、オペラは一人では成り立たちません。大勢の共演者との関わりの中で作り上げたシーンがアリアを引き立たせてくれるんです。そして役のキャラクターに自分の身を投じていくと、吸い込まれるように自分と役が一体になって、表現になるんですね。それが十人十色なのが面白いところ。オペラの醍醐味です。若手もベテランも、それぞれに立場が異なる歌い手たちの"個"の思いが映し出される、その音の色や深みをお楽しみください。


理想的な音響の室内楽ホールである第一生命ホール。林さんは以前、声の魅力を直接伝えることができる一方で、まるで裸で歌っているような怖さもあると話してくれました。

 はい。音の温もりというか抜け感というか、毎年良くなっているような気がして、毎回違った響きを楽しんでいる感覚があります。その代わり、ちょっとした傷も全部きれいに伝わる(笑)。そこは自分を引き締めて、ちゃんとコントロールしないと大変なことになります。
 でも私たちは、スタッフさんも含めてホールありきで演奏させていただいているので、大船に乗ったような気持ちで、のびのび歌わせていただけるこのホールは本当にありがたいです。「お客様に喜んでいただきたい!」というスタッフ全員の思いが、ぎゅっと固まっているような気がします。
 客席が近いので、歌もお芝居も表現が伝わりやすいですし、お客様の反応もダイレクトに感じられます。このシリーズでは最初から、お客様との一体感を目指していますので、それは何よりうれしいことです。コロナ禍のあいだはできなかったのですが、客席で歌う場面もたくさんあって、ホール全体がステージになるようなもの。ぜひ、一緒にオペラに参加している感覚で楽しんでください!


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