毎年人気の「クリスマス・オーケストラ・コンサート」は、オーケストラの多彩な響きを子どもに体験してほしい、クリスマスに家族との素敵な思い出を作りたいと思うファミリーにぴったりのコンサート。
全国の主要オーケストラの奏者を中心に結成され、2005年から活動しているARCUS(アルクス)が一流の演奏を子どもたちに届けます。コントラバス奏者の市川哲郎さんとファゴット奏者の笹崎雅通さんにお話を伺いました。
[聞き手/文:原 典子(音楽ジャーナリスト)]
笹崎:第一生命ホールでのクリスマス・オーケストラ・コンサートは2011年から続けていますが、スタート当初から変わらないコンセプトは、子ども向けだからといってキャッチーな名曲だけを並べるのではなく、シンフォニー(交響曲)のひとつの楽章をプログラムに入れるなどして本格的なクラシック音楽を届けるということです。大人が真剣に演奏していれば、子どもたちは必ず集中して聴いてくれると確信しています。
市川:今回はメインとしてベートーヴェンの交響曲第7番より第4楽章を演奏しますが、こういった大曲を指揮者なしで演奏するときの集中力や、そこから生み出されるオーケストラの一体感もやはり特別なもの。通常のオーケストラとは違う自発的な空気は、子どもたちにも伝わっているのではないでしょうか。
自主運営のオーケストラであるARCUSの最大の特徴は指揮者を置かないこと。コンサートのMCもオーケストラのメンバーが担当し、子どもたちに語りかけながら楽器や楽曲の紹介を行ないます。その方法も、メンバーが毎回アイデアを出し合って工夫を凝らしているとのこと。
笹崎:前回はシュポアの九重奏曲を演奏する前に、9人のメンバーがステージ前に出てきて楽器当てクイズをしました。ひとりだけ楽器を演奏して、あとの8人は演奏している真似をし、『今はどの楽器が演奏していたでしょう?』と問いかけると、客席から『クラリネット!』『コントラバス!』と元気な答えが返ってきました。今回はシューベルトの八重奏曲を演奏しますが、弦楽器と管楽器が一緒に演奏する室内楽曲で楽器紹介をすることで、アンサンブルをより立体的に感じていただけるのではないかと思っています。
市川:また、今回演奏する『おもちゃのシンフォニー』では、たくさんのおもちゃの楽器が登場するのですが、カッコウの鳴き声がする笛やおもちゃのトランペットが活躍する第2楽章で、皆さんにも参加していただこうかな......なんて。これから企画の詳細を話し合っていきますので、どうぞお楽しみに。
後半では子どもたちがステージに上がって、オーケストラを間近に聴くことができる企画があるのもこのコンサートの魅力です。
笹崎:コントラバスの低弦から生み出される振動や、聞こえるか聞こえないかギリギリのピアニッシモでのやりとりなど、客席で聴くのとはまったく違う響きが体験できると思います。
プロ・オーケストラの奏者として多忙な日々を送るメンバーが集まり、企画や運営まですべて自分たちの手で行うARCUS。その活動を通して、メンバーひとりひとりが音楽家としてかけがえのない経験をしているとふたりは語ります。
市川:ARCUSは私にとって、普段の仕事では感じられない感覚を得られる場所。オーケストラの仕事をしていると、次の演奏会のために練習して、リハーサルをして、本番をやって......という繰り返しの日々で、つい大切なことを忘れてしまいがちです。でもARCUSでは、アンテナが同じ方向を向いている仲間たちとやりたいことを語り合い、一緒に演奏する気持ちよさを感じることができます。
笹崎:私が尊敬するニコラウス・アーノンクールの言葉を借りれば、『演奏家ではなく、音楽家であるべきだ』ということですよね。指揮者を置かないARCUSでは、目の前の楽譜をどう解釈しどう表現するべきかというアイデアをメンバーそれぞれが持ち寄って、音で会話しながらみんなで考え、音楽を作っていかなければなりません。全員が多様性を理解し許容することでARCUS ならではのサウンドが生まれる。とても大切なことを教えてくれるオーケストラです。
ARCUSも結成から20年近くが経ち、メンバーそれぞれの活動の幅が広がったこともあって、現在は定期的に自主公演を行うのが難しい状況にあるとのこと。そのなかで、1日3回公演(10:30/13:30/16:00)の「クリスマス・オーケストラ・コンサート」は、メンバーにとっても貴重な1日だといいます。
市川:リハーサルは別の日にやるので、コンサート当日は朝早くホールに来ていきなり本番! 今日はどんな演奏になるかな? と思いながら、午前中の回は緊張感を楽しみつつ慎重気味に演奏します。そして、みんなでワイワイ話しながらお昼ご飯を食べて昼の回を演奏し、夕方の回はもうこれで最後だなと思いながら演奏する。やっぱり気分は、それぞれの回で少しずつ違いますね。音に表われているかは自分たちではわかりませんけれど。
オーケストラのメンバーがダイレクトに語りかけることによって、ステージと客席の間にバリアがなく、よりクラシック音楽を身近に感じることができるコンサート。アンダーソンの「クリスマス・フェスティバル」や「きよしこの夜」といったクリスマスソングも演奏されるので、ぜひご家族皆さんでお出かけください。