トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

三浦一馬(バンドネオン)

ピアソラ生誕100周年におくる「ピアソラ・ザ・ベスト」

 第一生命ホールを拠点に、ピアソラの作品を演奏する自らの室内オーケストラ「東京グラン
ド・ソロイスツ(TGS)」を立ち上げ、毎年満場の客席を大いに沸かせているバンドネオン奏者の三浦一馬さん。TGS 5年目となる今年は、創設以来取り上げてきた作曲家アストル・ピアソラの生誕100年を記念して「ピアソラ・ザ・ベスト」と題してお届けします。三浦さんにZoomでお話を伺いました。

[聞き手/文:田中玲子(トリトン・アーツ・ネットワーク)]

(C)井村重人

プログラムは「ピアソラ・ザ・ベスト」

今年2021年はピアソラ生誕100年記念「ピアソラ・ザ・ベスト」ということですが、今決まっているプログラムは「リベルタンゴ」「デカリシモ」「アディオス・ノニーノ」「ブエノスアイレスの四季」と有名な曲ばかりで楽しみです。

三浦:TGSの選曲の基本的なコンセプトとして、皆さんがよくご存知のピアソラの代表的な曲と、僕ですら弾いたことのないような曲を発掘して聴いていただくもの、この2本立てを基本としてやってきました。ですから、おそらくTGS以外で、少なくとも日本では、聴く機会がないような曲もこれまで積極的に取り上げてきたんです。でも、今年は生誕100年のアニバーサリーなので、もう難しい話はなしに、皆さんにとにかく楽しく聴いていただけたらと。例年以上に、ピアソラの代表作が多くなり、TGSが今まで取り組んで温めてきたものも再登場すると思います。

「リベルタンゴ」はTGS最初の年にアンコールで演奏されています。2年目はプログラム1曲目として演奏されて、チェロの宮田大さんのソロが印象的でした。3年目はゲストに上野耕平さんをお迎えしてサクソフォンが入ったバージョンでアンコールに。クラシック界から見ると、ピアソラと言えば「リベルタンゴ」ですよね。

三浦:代名詞ですよね。

「デカリシモ」も上野耕平さんの回でのアンコールでした。サクソフォン入りの編成だったので、今度はまた編曲されるのでしょうか。

三浦:そうですね。マイナーチェンジをして、今度はTGSのみで演奏できるようにします。実はあの「デカリシモ」の編曲は、今までいろいろ書いてきた中でも、結構自分で気に入っているんです。

自信作なのですね。サクソフォンが入っての版も素敵でしたが、またTGSだけの別バージョンが聴けるのも楽しみです。「アディオス・ノニーノ」もとても有名な曲です。

三浦:1年目と、3年目の上野さんの回でも弾いていました。ピアソラの曲を編曲するにあたっては、色々なアプローチ、やり方があって、オリジナルとは全く変えてしまうパターンもあれば、忠実に書くもの、とことん自分がやりたいように書く時、とあるのですが、「アディオス・ノニーノ」に関しては、ピアソラ自身が書いたオーケストラ版がありまして、それにかなり準じています。オリジナルに近いものです。

もとの編成がオーケストラなのですね。

三浦:そうです。ちなみにピアソラが言うところの「オーケストラ」は、例外はありますが、弦楽器と打楽器だけなんですよ。管楽器が入ったものはほとんどありません。例えばピアソラの一番有名なバンドネオン協奏曲「アコンカグア」も、オーケストラは弦楽器と打楽器だけです。タンゴ尽くしの2018年にも演奏した「バンドネオンとオーケストラのための3つのタンゴ」も管楽器は入っていません。はっきりした意図は分かりませんが、想像するにバンドネオンの音色が管楽器的ですから、被らないようにという考慮かもしれません。だから、「アディオス・ノニーノ」も、もともとそういう編成なんです。TGSは弦楽器がメインで、そこにパーカッションやピアノが入ったりと、ピアソラのオーケストラにかなり編成が近いので、非常にマッチすると思います。だからこそ、この曲も最初の年からプログラムに入れました。

ピアソラのオーケストラには、ギターは入っていないのでしょうか。

三浦:ギターはなく、代わりにハープがあります。ですから、編曲でもハープのパートをギターに置き換えるのはよくやる手法です。


ブエノスアイレスで体験した「四季」

なるほど。「ブエノスアイレスの四季」は「夏」と「冬」は最初の年に演奏していただきましたね。

三浦:やりましたね。全曲演奏するのは初めてです。これもTGS用に編曲します。「四季」の中で、ピアソラが最初に作曲したのが「夏」です。もともと劇音楽として依頼されたものですが、ピアソラ自身が締め切りを忘れていて、前日、飛行機の中で書き上げたという逸話が残っています。そんな感じで書き上げられた最初のバージョンは3、4分で雰囲気も全然違いますが、晩年、世界3大歌劇場の1つブエノスアイレス・コロン劇場で行われた伝説的なコンサートがあって、そこで披露した「夏」が今演奏されているバージョンで、時間も10分くらいと、かなり壮大なスケールになっているのです。その伝説的なコンサートこそ、僕がTGSをつくる時にモデルとしたものです。コロン劇場はステージに立つだけで名誉とされていて、ピアソラも本当に誇りに思ってたそうです。「春」「秋」「冬」も僕が編曲する過程でバージョンアップして時間が伸びたりするかもしれません。

三浦さんは、師匠のネストル・マルコーニ先生に師事する為にブエノスアイレスに行かれて、そこでの四季も体感していらっしゃるわけですね。

三浦:そうですね。お互いにヨーロッパで落ち合う時もあるのですが、一番よくブエノスアイレスに行ったのはこちらの夏休みの時期で、南半球は季節が逆なので向こうは真冬なんですね。南米というと情熱的で、暑いというイメージがあるかもしれませんが、冬は普通に寒いです(笑)。ただ、みんな暗い感じはないんですね。寒くて凍えるような季節だけど、着込んでおめかしして買い物に出ていて......。道端には、もくもく煙が出ている小さな鉄板の上で、豆か栗みたいなものを炒っているおじさんがいて、その小さい袋を何ペソかで買えてみんなでほくほく食べたり。マテ茶はみんな年がら年中飲むんですけど、特に冬は、小さな木の実でできた器に葉とお湯をいれてストローをさして回し飲みしていましたね。何十年ぶりかに雪が降った時には、「雪だ、雪だ」とみんなが浮かれていたこともあった気がします。ブエノスアイレスの冬というと、イメージするのはそういう景色ですね。

他の季節は体験なさいましたか。

三浦:春先はすごくよかったですね。日差しが、日本でいう小春日和的な、だけどこちらよりオレンジがかった日の光がちょっと斜めから差してきて......何もなくても外に出たくなるような、そんな時期もありました。

季節は同じようにあるけど、少しだけ違っていて、おもしろいですね。

三浦:そうですね。日本でいう四季折々とはまた違った景色を描けたらと思います。


TGS_CD_kicc1567-RGB.jpgTGS第一生命ホールでのライブ録音CDをリリース!

3月10日に、第一生命ホールでの公演を収録したTGSのCD「東京グランド・ソロイスツ/ブエノスアイレス午前零時」が発売になりました。2018年と2020年、2年分のライブ録音から選曲されたのですね。

三浦:選曲は難しかったですが、結果的にはバランスよく、それこそ有名どころから、「こんな曲があるんだ!」というもの、はたまた協奏曲まで、幅広く網羅できました。2020年は昼と夜の2回公演でしたが、2018年は一回限りでしたし、ライブ感のような勢いはあったのかもしれませんね。メンバーの方々も全神経を集中してくださったということが大きいでしょうね。


2020年のTGSの想い出

2020年のTGS公演は、コンサートもすべてなくなった最初の緊急事態宣言が明けた後、私たちとしても初めてお客さまをお迎えして実施する主催公演でした。

三浦:TGSができたことは本当にありがたかったです。1年の中で僕が一番力を注いでいる活動とも言えますので、それを4年続けてきたものが、2020年も実現できたことで希望を見いだせたと思います。久しぶりのステージで、結構緊張したことを覚えています。

バックステージでは、三浦さんがコーヒーを皆さんに差入れしてくださって、しかもそのコーヒーのTGSオリジナルロゴ看板を前日の夜に作って、持って来てくださったんですよね。ロゴのクオリティの高さと、前日は夜リハーサルだったにも関わらず、そのお心遣いが忘れられません。

三浦:子どものころからイベントが大好きで、普段の勉強は全然やる気を出さないけど、何かあると前の日から眠れなくなって率先して色々やりたくなるタイプでした (笑)。小学校の時も先生のお祝いにくす玉を用意しようとなった時、「僕がやる」と言って、引っ張ったら飛び出る原理を自分であれこれ考えて作ったりして、その延長なんでしょうね......。未だにちょこまかと何か作るのが好きなんです。だから、少し違う作業ですが、編曲していても、最初は腰が重いのですが一旦始めるとどんどんのめり込んでいくタイプで、基本的に何かを創作することが性に合っているのだと思います。TGS(C)FujimotoFumiaki.jpg


TGSの編曲の秘密

編曲ものめり込むとおっしゃってましたが、ピアソラの元の曲は、編成が色々な訳ですよね。オーケストラの曲もあれば、小編成の曲もあり、それをどのようにTGSの音にしていかれるのでしょうか。

三浦:おっしゃるとおり、オリジナルを辿ると色々な編成の曲があります。ですから実はTGSで曲を知った後に原曲を聴いてみて「こんな曲だったの?」と驚かれることは多々あると思います。編曲はもうとにかく、ああでもない、こうでもない、とやってみるしかないですね。最初から頭に全部あるわけではなく、作りながら、色々な楽器に対して現実的にこの奏法がいけるのか、夜な夜な細かく見ていくんですが、ただ一つ言えることは、原曲がどうであれ、完成したときにはこれはもう間違いなくTGSサウンドだなと胸を張って言えるものにしている自負があるということ。最初の年は自分ひとりで編曲していましたが、2年目からは山中淳史さん(ピアノ・作曲・編曲)に参加して手伝っていただいていることが、どれだけありがたいか。単に仕事量が減るということではなく、分かり合えることが多い。ひとりでやっていると、この響きだったらまず間違いない、これだったらいいサウンドになると分かってしまって、いつも同じ方向にいってしまうことがあるんです。実験的、挑戦的な音の組み方もしてみますけど、だいたい決まってきてしまう。だから他の人の編曲......編曲というよりオーケストレーションに近いんですけど、オーケストラの縦の線でどう音を配置していくか、山中さんの譜面を見ると、「こんなやり方があるのか」「ああ、なるほど」というところがたくさんあります。自分で言うのもなんですが、山中さんも同じようなことを感じてくれているようで本当にうれしいです。だからどうやってTGSサウンドを作るかという時に、山中さんの存在は大きいですね。


TGSの要となる素晴らしいメンバー

編曲されるときに、例えば、ここは石田泰尚さんだと思って当て書きをされるのでしょうか。

TGS_IshidaYasunao(C)ImuraShigeto.jpg三浦:もちろんそうです。ヴァイオリンは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン以外に、ほとんど「ソロ・ヴァイオリン」というパートを作っています。石田さんだったらこう弾かれるだろうという当て書きそのものです。

 前にも言ったかもしれませんが、石田さんは本当に、ああ見えて、誰よりも陰で努力されている方だと思います。だいたい楽屋からは練習の音が聞こえてくるし、それに結構マメで、ガラケーで頻繁に事務連絡などされています。かと思うと、ご自身が率いる石田組で奇抜な衣装を着て、アンコールで「津軽海峡冬景色」を弾くかと思いきや、マイクを出して歌ってしまう(笑)。そんな側面までお持ちですが、ヴァイオリンは本当に音が美しくて。あれだけの方にいつも共演していただけることがどれだけ幸せなことかと、改めて思いますね。

本当に素晴らしいメンバーですよね。ピアノの山田武彦さんも、以前、父のような存在だとおっしゃっていましたね。

TGS_YamadaTakehiko(C)ImuraShigeto.jpg三浦:何があっても対応していただけるし、かっちりとタンゴを弾くところもあれば、あえてここは譜面を書いたら逆に野暮ったいよな、と思うところは、山田さんの楽譜には「インプロヴィゼーション」と書かせていただくのですが、そこは即興で自在に弾いてくださいますし(笑)。あとは、TGSといえばあれですね! 転換ミュージック!!!(ゲストの楽器があったりして、舞台上で転換が必要な時、即興で弾いていただいている。)もう最強の布陣です。何があっても、何がおきても怖くない。そんなメンバーの方々です。

コントラバスのお二人が真ん中にいらして効果的ですね。ヴィオラもチェロも2人に対してコントラバス2人というと、普通のオーケストラでは考えられない低音重視の編成なのですが、それですごくいいバランスなのがTGSの魅力の一つかなと思います。

TGS_Takahashi_Kuroki(C)FujimotoFumiaki.jpg三浦:最初からそれは狙っていました。ピアソラの音楽は、すごく低重心で、下が吸いつくような安定感で支えるのですね。リズムも、ベースラインも低音を多くしたかったので、すごく良かったと思ってます。分かりにくい例えかもしれませんが、高級なドイツ車のように、排気量がすごく大きいのにシルキーな走りで、アウトバーンでもびくともしない安定感というイメージです。

パーカッションの石川智さんのバランスも絶妙ですよね。

三浦:石川さんはラテンに精通されているだけでなく、アンサンブルを常に考えてくださっていて、「これを叩くと、この楽器のこの音域に被ってしまうから」などアカデミックに考えてくださっている。だから弾いていて何かやりにくいとか、自分の音が聞こえないということが全然ないんです。

パーカッションは、どこまで譜面に書いてあるんでしょうか。TGS_IshikawaSatoshi(C)ImuraShigeto.jpg

三浦:実は石川さんのパートだけは音符を1つも書いていないのです。スコアと音源をお渡ししているので、スコアをご覧になったり、ご自身でガイドを作って演奏してくださっています。去年初めて弾いた「ブエノスアイレス午前零時」は、真夜中のブエノスアイレスの風景を描いたものですが、不気味な雰囲気を石川さんのパーカッションで作ってくださっていて、あれは特に名演でしたね。リズムがあるだけで全体が締まるということを僕が初めて実感したのはこのTGSで、最初の年は、自分で弾いていて「こんなにも音楽として何段も違う世界に行けるものなんだ」と感動がありました。

ということは、ギターの大坪純平さんのパートは書かれているんですね。

TGS_OhtsuboJunpei(C)ImuraShigeto.jpg三浦:コードはほとんど使わず、全部音符で書いています。大坪さんはもともとクラシックギターの方ですが最近は、現代曲や、ほとんどエレキギターでの共演になってきました。キンテート(五重奏)でも、古典タンゴの時はアコースティックギターを持ってきていただいていますが、ほとんどエレキになってきていますね。ピアソラをよく研究して、技術などあらゆることを高めてくださっています。2年目くらいまでは、エレキでも指弾きとピック弾きを半々くらいで弾き分けていらしたんですよ。少しマニアックな話になりますが、クラシックギターは指弾きだけ、エレキギターはロックなどは全部ピック弾きなんです。最初は、指とピックと半々でしたが、研究していくうちにピアソラはピックだと行きついたそうです。実は指弾きの方がピック弾きになるというのは相当大変なことらしく、冗談ではなく半年毎日練習してくださって、完全に指弾きもピック弾きもできるとなったんですが、なかなかそんな方はいないそうです。ギターの鈴木大介さんに「これは君の専売特許だね」って言われたと、それほどのことらしいです。だからご自身に色々と課して取り組んでくださっているんだなとありがたい限りです。やはりTGSのサウンドも変わってきますね。実際、楽器や周りの機材への設備投資もしてくださって、毎回いろんなものが増えています。アコースティックな響きの中に唯一、電気を通す楽器が入るとバランスがなかなか難しいのですが、編曲も回数を重ねて形になってきているのかなという気がします。

ありがとうございました。最後に今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で、最後の「大河紀行」の演奏をされています。大河ドラマに参加してみて、何かエピソードはありますでしょうか。

三浦:大河に限ったことかは分かりませんが、同じ音楽業界でありながら少し離れた世界なのかなと思うのが、一番優先されることは映像で、それに合わせてその雰囲気を音の面でも支えて、コマごとにここで何秒、全体で何秒きっかりと決まっているので、作り方が違って勉強になりました。弾く方で調整しなくてはいけないので、レコーディングで試行錯誤して何回も録り直しました(笑)。