《雄大とゆく 昼の音楽さんぽ》、嬉しいことにご好評をいただいて6シーズン目へ。この秋から冬にかけて、3つの公演をお楽しみいただきます。ぜひご期待ください。
10月7日(水)の第22回には、素晴らしい若武者たちをお迎えします。チェリスト・横坂源さんと、ピアニスト・北村朋幹さんです。
横坂源さんは、聴き手をはっと捉える魅力的な音色をもち、鋭い感性を優れた技巧と表現力に生き生きと熱く響かせる、素晴らしいチェリストです。
幼い頃から巨匠たちに驚異的な才能を認められ、難関・ミュンヘン国際音楽コンクールで第2位をはじめ受賞歴も多数。まさに、チェロ界に輝く希望の星、です。
そしてピアニスト・北村朋幹さんも、その深い知性と感性を、見事な音楽表現へと昇華してみせる俊才です。その演奏には、作品に対する鋭く深い読み込みと、とても豊かな知見とが溶けこんで、誠実な美しさを磨き輝かせています。
このふたりの共演をお楽しみいただくコンサート。チェロ&ピアノの流麗な詩情、音楽のつくりだす宇宙の見事な広がり‥‥そして身体を熱くする昂揚とを、たっぷりと!
コンサートに先立って、横坂源さんにお話をお伺いできましたので、ここにお届けいたします。
[聞き手・文/山野雄大(音楽ライター)]
◆音楽から溢れ出る愛を
横坂さんは、《昼の音楽さんぽ》シリーズに初めてお迎えいたしますが、会場であるこの第一生命ホールには以前、《ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念リサイタル》や、《第一生命ホール15周年記念ガラコンサート》にご出演いただきました。
横坂:チェリストはどこへ行ってもホールの大きさ、響きに苦労するのが宿命ですが、第一生命ホールの響きは伸びと柔らかさが感じられる素晴らしいホールです。生命線である弱音にも集中することができるので、今回もホールから多くのことを学びたいと思います。
今回は朝11時過ぎと、早めに開演するコンサートとなります。お昼どきながら、お客さまも毎回とても心地よい集中力をつくって聴いてくださるので、今回もきっとおふたりの演奏にぐっと惹き込まれることと思いますが‥‥横坂さんは、朝にはお強いほうでしょうか?
横坂:朝は苦手でしたが、娘が生まれて生活リズムが変化しました。強くなっていると良いのですが。‥‥最近は、娘に読み聞かせているうちに、すっかり絵本に魅了されています。言葉のリズムや色使いが小品に共通する部分もあって、図書館にあるあらゆる絵本を楽しんでいます。
コロナの影響で、コンサートだけでなく外出もままならない、という状況になってしまいましたが‥‥、医療をはじめ社会の必要な動きを支えて下さっている皆さんの大変なご尽力もあって、なんとか良い方向へすすみ、音楽もふたたび共にわかちあえるようになれば、と我々も願っております。
横坂:本当に世界が大変なことになってしまいました。日々ニュースで医療の方々の勇姿を拝見して、心から感謝をするとともに、サポートの少ない中で仕事を余儀なくされている方々に、心を痛めています。
今後、音楽の発信の仕方も変化していくと思うのですが、個人の思いとしては、空間を共にし、音に触れていただくことで、初めてその魅力を人の心にお届けできるのではないかと思っています。
コロナの猛威の中、あまりにも無力で、今後の事をお話しするのは難しいのですが、今の気持ちを忘れることなく再びステージに上がり、作曲家のメッセージを皆さまと分かち合えるよう、一生懸命に準備をしていきたいと思います。
◆素晴らしきピアニスト・北村さんと共に
今回は、横坂さんとも共演を重ねてこられた素晴らしいピアニスト・北村朋幹さんとの共演ということで、我々もとても楽しみにしております。今回の選曲ですが、ベートーヴェンの〈チェロ・ソナタ第4番〉にフランクの〈ソナタ〉と、手応えのしっかりあるソナタを2つおいていただきました。
横坂:2003年に、コンクールの副賞として演奏させて頂いた、ベートーヴェンの〈チェロ・ソナタ第3番〉の印象が残っていたので、今回はベートーヴェンの作品でも後期に当たる〈チェロ・ソナタ第4番〉をまず選びました。
そしてその後に、フランクの〈ソナタ〉を、そしてピアソラ〈3つの小品〉を選んだ、という流れです。
選曲をお伺いしたときに、えっ!? とびっくり致しましたが、いいですね。
横坂:コンサートのプログラムは、共演する友人たちとの成長の証でもあり、後に思わず微笑んでしまうこともありますが、いずれも思い入れの強いものです。
今回共演する友人の北村君とは、これまで主にフォーレやドビュッシー、ヤナーチェクの作品を演奏してきました。今回取り上げる3作品のうち、フランクの〈ヴァイオリン・ソナタ〉、ピアソラの〈3つの小品〉は、今回のコンサートでの演奏が初めてです。
初めて取り上げられる作品を、この《昼さんぽ》で‥‥というのは光栄です。
横坂:フランクは素晴らしい録音が多く、聴く側として親しんでいたので、自ら演奏することはこれまで考えていなかったのです。
しかし以前、北村君のレパートリーには無い、ラフマニノフの〈チェロ・ソナタ〉で共演をお願いして、素晴らしい演奏で応えてもらった‥‥という経緯がありました。そこで、今回は彼からの提案である、フランクの〈ソナタ〉に挑むことにしました。新たな作曲家を知れることに喜びを感じています。
ラフマニノフの〈チェロ・ソナタ〉は、なにしろピアノ・パートが途方もなく難しい‥‥コンチェルト級の難易度と言われる作品ですから、おふたりの共演にもますます磨きがかかった素晴らしい体験だったかと。今回は、それを踏まえてのフランクということで、いよいよ楽しみにしております。
◆ベートーヴェンの深い愛情と幻想、そして‥‥
それぞれの作品について、少しお伺いします。‥‥ベートーヴェンの〈チェロ・ソナタ第4番〉は、初めてお聴きになるかたにも面白く、しかも深々と響いてくる作品ですね。
横坂:ベートーヴェンの作品でも後期に含まれる〈チェロ・ソナタ第4番〉からは、神に誓い、救いを求める心を感じ取ることが出来ます。2楽章構成ですが、人の声、天上の言葉へと続くコントラストは言葉では形容できない世界を内包しています。
アダージョの静寂に光が灯り、導きによって天上へと足を踏み入れていくような幻想の世界には、弾き手も聴き手もなく、皆を深い愛情で包み込む力があるように思えてなりません。
クラシカルな楽章の構成とはちょっと違って、幻想曲のような自在な構成をとっているところも、聴いていて惹き込まれるポイントだと感じます。
横坂:この書法は、〈ソナタ形式〉を深め、全楽章を通してひとつのストーリーを感じられるような画期的なもので、のちにシューマンやサン=サーンス、ベルリオーズなど、多くの作曲家が模倣して〈循環形式〉へと発展していったのだと思います。コンサート後半で演奏するフランクの〈ソナタ〉も、この〈循環形式〉で書かれています。
フランクはベルギーの出身、フランス楽壇で重鎮として広く敬愛されたひとですが、横坂さんも触れていただいたように、〈循環形式〉という、聴き手を巧みにとらえる曲の作りかたを磨きこんだ人です。ざっくばらんに言うと、いくつかの動機が、多楽章作品の全曲を通してはたらき統一する‥‥という形式ですが、その見事な結実が、今回演奏していただく〈ヴァイオリン・ソナタ〉です。聴いていると、最初に登場するメロディが、いろいろと形を変えて蘇ってくるので、初めてお聴きになるかたも、曲を聴きながらどこか懐かしい旅をするような、とても不思議な体験を楽しんでいただけると思います。
◆フランクの幻惑、ピアソラの孤独‥‥
ベートーヴェンとフランクでは、それぞれの作風の違いはもちろん、〈チェロとピアノ〉の関係、においても違いがあるのではないか‥‥と思うのですが。
横坂:ベートーヴェンの場合は、ピアノ、チェロの両者が同じ方向へ舵を切り苦楽を共にしていきますが、いっぽうでフランク作品には、曲中の登場人物に変化が表れ、音が混ざり合うことで新たな景色を見る面白さがあると思います。ときにピアノがチェロを幻惑し、引き合う力を原動力にフレーズを生み出していく箇所が多くあり、それぞれが魅力的です。
ベートーヴェンとフランクで、音楽の流れかた、動機の方向性に違いがあるのだと思います。
フランクの〈ソナタ〉ですが、これはもともと〈ヴァイオリンとピアノのためのソナタ〉として書かれた作品ですね。〈チェロとピアノ〉でも盛んに演奏されている、という珍しい名曲ですが‥‥いわゆる〈編曲〉としての難しさ、あるいはチェロ版でこそ生まれる魅力、といったあたりについて伺えればと存じます。
横坂:編曲された作品を演奏する場合には、その楽器の音の間合いや曲の性格など、〈中心軸をどこに据えるか〉を大切にしています。
バッハのように、どの楽器でアレンジしても不思議と自然に聞こえる作曲家も稀にいますが、チェロに多い歌曲の編曲などは、悩みが尽きません。
フランクのこの〈ソナタ〉にも同様の難しさがありますが、先入観を一度捨てて、リハーサルを重ねられたらと思います。
楽しみにしております。そして、ベートーヴェンとフランクのあいだに、これも広く人気のピアソラ作品と、色の違う作曲家もはさんでいただて‥‥これはチェロ好きのお客さまも、初めてのかたにも印象を残す選曲だと思います。
横坂:ピアソラは、クラシック・コンサートとは別枠で取り上げられる機会の多い人ですが、その作品の裏側に漂う、彼の血の気の多い情熱は魅力的です。異国で苦悩と共に生み出されてきたその作品には、ダンスの要素だけではなく、郷土愛や儚い歌が、切々と綴られています。
これまでには、コダーイやドビュッシーの作品と組み合わせて演奏したことがありますが、自然に感じられました。
今回はピアソラ作品から〈3つの小品〉を取り上げますが、ベートーヴェンの〈チェロ・ソナタ第4番〉から感じられる〈自然と人間の調和や、天上との繋がり〉に対して、ピアソラのこの作品では、〈行き場のない想いが漏れでていく孤独〉が交錯するように感じます。
聴き手の私たちにも、さまざまな豊かな感情がわきあがるコンサートになることを、確信しております。状況はまだまだ予断を許しませんが、コンサートが無事に開催されて、またとない体験を皆で分かち合えることを、心から願い、楽しみにしております。
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【付 記】
横坂源さんのお話をお届けいたしました。
こんなご時世ですので、直接お会いすることは避けて、メールでインタビューさせていただいたものを再構成しております。ご協力くださいました、横坂さんに深く感謝申し上げます。
横坂さんは子供の頃に、大学で音楽学を教えていらっしゃるお父さまの生徒さんによく遊んでもらっていたそうで‥‥生徒さんがチェロを専攻されていたのに憧れて、この楽器をはじめられたとか。
その少年が今や、世界の聴衆をぐっとつかむ素晴らしい音楽家となられ‥‥作品に対するお考えなど、豊かなお話を伺えて嬉しくぞんじます。
ちなみに、最近音楽以外にハマっているのは、インタビュー中でも触れられた絵本と「蜂蜜」だそうで、はちみつトークもまたあらためてお伺いできる機会があれば。
ともあれ、事態が好転して、コンサートホールにも音楽の時間が戻ってくる日が遠からぬこと、《昼さんぽ》でお逢いできることを心から強く願っております。
シリーズのご案内をつとめますわたくし(山野)も、かねがねおふたりの演奏には心動かされてきました。目から鱗が落ちることもしばしば。
音楽の喜びはこんなにたっぷり豊かなものか!と、その瑞々しくも頼もしい表現から感じさせてくれる音楽家おふたりを、この《昼さんぽ》シリーズで聴けること、わたくしもとても楽しみにしております。
皆さまもひきつづき、くれぐれもご自愛くださいますよう。 [山野記]