トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

竹澤恭子(ヴァイオリン)

ベートーヴェン生誕250周年記念
ベートーヴェン2大ヴァイオリン・ソナタ 「春」&「クロイツェル」

ベートーヴェン生誕250周年の2020年、ヴァイオリンの竹澤恭子はピアノの江口玲と「ヴァイオリン・ソナタ」3曲――第5番《春》と第7番、第9番《クロイツェル》からなるリサイタルを10月24日、東京・晴海の第一生命ホールで開く。作品観や選曲の背景など、竹澤の話を聞いた。
[聞き手:音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎  池田卓夫]

竹澤恭子、ベートーヴェンの「生命力につながる音楽のエネルギー」を語る

江口さんとの共演歴は長いですが、ベートーヴェンは久しぶりですか?

竹澤:2002年から2003年にかけて青葉台のフィリアホールで第1番から10番まで、初めての全曲演奏会をご一緒して以降、ベートーヴェンだけで共演するのは17年ぶりです。自分の音楽人生を通じ、何度か向き合い直したい作曲家ですから、生誕250周年は良い機会でした。

超名曲の《春》と《クロイツェル》の間に第7番を置いた理由は?

竹澤:全10曲の中で短調の作品は第4番、7番の2曲だけです。第7番は3曲ある作品30の2番目に当たる作品で、私は学生時代に3番目の第8番を最初に学んだ後、第7番と向き合いました。ベートーヴェンにとって〝特別な調性〟であるハ短調の作品であることを意識、音楽の緊張感をどう表現するか、自分の幅を広げる目的でした。せっかく記念の年なので、名作2つの間に思い出のソナタを置きたいと考えたのです。第7番はとにかく冒頭から劇的で、緊張感がどんどん蓄積して高まり、それを休符ひとつであってもどう持たせるか、ひたすら勉強しました。

ベートーヴェンでは一時期、「ヴァイオリン協奏曲」を弾く機会の方が多かったのでは?

竹澤:とにかくベートーヴェンは自分にとってチャレンジ、簡単に弾ける作曲家ではありません。協奏曲をとりあえず演奏し始めてみたものの、距離はなかなか縮まりませんでした。自分の音でパッと弾くだけでは、ベートーヴェンにならないのです。考えに考え、構造の枠組みをきっちり守りながら表現しない限り、核心には至らないと思い知ってようやく、表現の方向性が見えてきました。協奏曲を弾き込んだ後、ソナタに進んだのは正解です。10曲それぞれの構造、時代を見極めながら全曲を手がけるに至り、確かな流れを学べました

最近は水戸室内管弦楽団などのオーケストラで「交響曲」、さらにはソナタ以外の室内楽を弾く機会も増えていますね。

竹澤:他の作品ジャンルでの経験のあれこれも、今回のソナタ3曲には生かせるはずです。オーケストラの一員として交響曲を弾くのは、水戸で本格化しました。緩徐楽章の感触などから、得るものは多いですね。『交響曲第9番《合唱付》』を弾いたのは2017年10月の水戸(ラデク・バボラクが前半、小澤征爾が後半を分担して指揮)が初めて。生命力につながるベートーヴェンの凄さを思い知りました。小編成で色々な音が聴こえてくるのも面白いし、合唱の入る最終楽章では心底、弾きながら感動に浸る自分がいました。もちろん『ピアノ三重奏曲』『ピアノ四重奏曲』などの室内楽演奏に加わるのも大好きなのですが、『弦楽四重奏曲』だけは別です。音楽祭の2~3日間だけのリハーサルでこなせるジャンルではなく、これからじっくり取り組みたいと思います

モーツァルトの時代までは「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」でピアノが主導権を握っていましたが、ベートーヴェンの創作を通じて次第に両者対等の「ヴァイオリン・ソナタ」に変容していきました。

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竹澤:最初の3曲は明らかに、ピアノが強いですね。第5番《春》でようやくヴァイオリンが先行、今日に至る流れが明確となります。変遷を適確に再現するうえでも、共演者の存在は大切です。江口さんは17年前の全曲シリーズだけでなく、30数年前のジュリアード音楽院の留学生時代から共演を重ねてきた貴重なパートナー。ともにレパートリーを広げながらプライベートでも交流、人間的なコミュニケーションを深め、共通の基盤を理解してきました。私は日本、米国、フランスを拠点に世界各地で演奏を続け、他のピアニストとも共演しますが、久しぶりに江口さんと出会うと新しい発見も多々あって、豊かな音楽のアイデアが実るのです。

《春》と《クロイツェル》についても、コメントをお願いします。

竹澤:《春》は出だしのメロディー。分析すると非常にシンプルなのに、始まった瞬間、口ずさみたくなるほどキャッチーです。私の子どもも、すぐに歌い出しました。あまたある音楽作品の中、最も強烈に思い出す旋律というだけでも偉大です。《クロイツェル》は第1番から10番までを通して演奏するとき、ベートーヴェンの特徴である生命力をもたらす音楽のエネルギーと緊張感が頂点に達する作品。とりわけ冒頭、他のどのソナタとも異なり、ヴァイオリンのソロでいきなり始まり『何が起こるのだろうか?』と思わせます。ぐいぐい引っ張っていく力では10作中、最高でしょう。第6番や10番の穏やかさとは対照的ですね。変奏曲の楽章も魅力的ですし、大作にもかかわらず、すべてが非常にバランスよく配置された作品です。

2018年のデビュー30周年記念リサイタル(紀尾井ホール)では《クロイツェル》とともに第10番を演奏、聴く者に竹澤さんの円熟をはっきりと印象づけました。

竹澤:第10番を弾くたび、『第11番を書くつもりはなかったのだろうな』と確信します。そして、ブラームスの『ヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》』に『ベートーヴェンの第10番を受け継いでいる』との思いを強くするのです。ベートーヴェンが次代に発信したメッセージをブラームスがしかと受け取った、ということなのでしょうね。学生時代は第10番を攻めあぐね『どう弾いたらいいのだろう』と悩むことしきりでしたが、本当に最近になって『かけがえのない魅力』を理解できるようになりました。アーティストはステージの上で生きる存在です。会場でお客様と共有するかけがえのない時間、新しい発見を積み重ねながら、作品との距離を縮めていきます。

昨年(2019年)夏、日本に改めて本拠を移したのに続き、今年4月には東京音楽大学でフルタイムの教授職にも就かれました。「教える」行為にも室内楽の共演者、コンサートの一体感と通じるコミュニケーションの可能性が広がっていると思います。

竹澤:『教える』行為は好きでも、自分を押し付けたりはしません。自分自身を分析しながら演奏の解決法を見つけるような感じで、音楽づくりにも直結しています。私もアーティストなら、生徒も未来のアーティストです。生徒がどういう問題を抱え、何を発信すべきなのかを見つけ、アーティストとして一本立ちできるよう磨きをかけるのが私の仕事です。ステージ上での実体験は数多く積んできましたから、実際に体験しなければわからない部分をしっかり、伝えていきます。

2020年の日本、さらに世界は新型コロナウイルス問題に直面、数多くの演奏会や音楽祭が中止に追い込まれ、教育機関の授業もストップしました。

竹澤:私の予定も次々、キャンセルに。演奏家には先の予定があり、『そこに向かって』と思うからこそ出てくるエネルギーが存在するのだと気付きました。これまでの1日1日の存在が本当にかけがえなく、ありがたいことだったのだとも痛感します。若いころは毎日違う街に移動して異なる協奏曲を弾き続けていたので、アウトプットしかありませんでした。今、この日々を天から与えられた見直しの時間ととらえ、腕を磨きます。ろくな母親ではありませんけど、子ども産み育て、それまで感じられなかった視点を授かったことも含めて、自身の幸運をかみしめる日々です。

ありがとうございました。IMG_5464 - トリミング横.jpg

(2020年3月、都内にて)