トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

山本裕康&森山涼介(チェロ)

トリトン晴れた海のオーケストラ 第6回・第7回演奏会
ベートーヴェン・チクルスIII&IV (全5回)

創設から5年目となる「トリトン晴れた海のオーケストラ(晴れオケ)」は、現在ベートーヴェンの交響曲全曲を演奏する「ベートーヴェン・チクルス」を進行中です。チクルスは、ベートーヴェン生誕250周年にあたる2020年の「第九」目指して、今年も6月と11月に2回の公演を予定しています。
5月3日に、「横山幸雄“入魂のショパン”」で、ピアニストの横山幸雄さんと共にショパンのピアノとオーケストラのための作品全6曲を演奏した「晴れオケ」のチェロ奏者、山本裕康さん(首席)、森山涼介さんに、リハーサルの合間にお話を伺いました。

指揮者なしの「晴れオケ」ってどんなオケ? 奇跡のアンサンブルの秘密は……自由、能動、赤信号?

トリトン晴れた海のオーケストラ(C)大窪道治

年に2回から3回の本番に向けて集まって活動している「晴れオケ」ですが、また久しぶりに今日リハーサルで集まった感想はいかがですか。

森山:指揮者がいないので、準備の段階からとても神経を使います。毎回リハーサルが始まると、普段は本当に指揮者に頼っているのだなと思いますが、指揮者がいないからこそできるアンサンブルが、この「晴れオケ」の魅力だと感じています。留学中で参加できなかった2回目を除いて初回からすべて出演し続けている中で、この団体の目指す方向がなんとなく整ってきた、皆の意識が近づいてきた、という実感もあります。一度きりのオーケストラとは違う、何度も本番を重ねていく中で出来上がっていく「晴れオケ」ならではの音ができつつある。それがすごく楽しいですね。

山本:このオーケストラではこう弾く、「晴れオケ」ではこう弾く、という意識は全然ないのですが、たぶん自然に「晴れオケ」の弾き方になっているのでしょうね。僕たちが一番影響を受けるのは、まわりで響いている音だと思うんです。その音に対してどういう音を出すか、無意識に選択していて、いつの間にか「晴れオケ」ではこういう音になる、というのができあがってきている気がします。

「晴れオケ」ならではの音や響きとはどんなものか、言葉で表現していただくことはできますでしょうか。

IMG_1653.トリミングJPG.JPG

山本:誤解されると困るんですけど、すごく自由なんですよ。指揮者がいないから(コンサートマスターの)矢部さんのリーダーシップの元、どこかに集まらなきゃならないという意識は皆さん強いと思いますが、その中で得られる自由が「晴れオケ」的ですね。
個人的にオーケストラの理想とは何かと問われれば、言葉は悪いですけど皆が好き勝手に弾きつつも、いつの間にか同じ方向を向いている状態だと思うんですよね。だからまずは自分が能動的に弾くことが一番大事だと思います。誰かにぴったり合わせなければならないとなると、やはりそれなりの音になってしまうと思うんですけど、「晴れオケ」ではそうではなく、ひとりひとりが生き生き演奏している感じがいいなと思います。

まさに室内楽の延長ですよね。

山本:そうなんです!

森山:普段指揮者がいるときのオーケストラよりも、自発性という意識を持っています。もちろん集まるところは集まるんですけど、自由にやるのと集まるのと、ギリギリのラインを探していくのが楽しい。

昨年からベートーヴェン・チクルスをスタートしましたが、どんな感触でしたか。

森山涼介(C)大窪道治_0K74250 - クレジット入り.jpg

森山:僕は指揮なしでベートーヴェンを演奏するのは初めてです。指揮者がいて作っていく場合は、やはり指揮者の想いが大きい。それがないことで、自分たちで作っていくというのが新鮮でした。

山本:赤信号でも渡る人っているじゃないですか。「俺は自分で責任取るから赤信号で渡るよ」というのが「晴れオケ」。指揮者がいる時は「ほら、指揮者がああ振ったからこうなった」と指揮者に責任を押し付けたくなるのがオーケストラですが、実は活きている演奏には赤でも渡らなきゃいけない時がいっぱいあって、「晴れオケ」では全員が責任をもって渡っている感じです。

森山:自己責任ですね。

確かに昨年の第5番は決して安全運転ではなくて、手に汗握って聴いてしまいました。

山本:だからよかったのかなと思いますね。矢部さんが「青だから渡りましょう」とずっと言って、みんながそれだけに徹していたらああいう演奏にはならなかったでしょうね。矢部さんは決して赤だから渡れとは言ってないけど、僕たちが(周りを見て)「渡らないといけないだろうな、車来てるけど」と(笑)。

_0KU9203(C)大窪道治トリミング.jpg

低弦から見た「晴れオケ」は?「自分たちが支えている」というイメージでしょうか。

山本:まあ、(コントラバス首席奏者の)池松くんに支えさせてやっている、という感じ(笑)。ベートーヴェンの交響曲では、チェロとコントラバスは同じことをやっている場合が多いのですが、チェロからは(後ろの)コントラバスの方を向けないので、コントラバスに合わせるわけにはいかない。でもチェロの人は「僕はこういう風に思う」と演奏しようとする。それを池松くんは「お前らそう思っているけど、俺はこうだよ」と音を出すので、それを瞬時に察知して「まあいいよ、やらせてやるよ」と。それが別に変だと思うのではなく、「そういう風に思っているなら僕らはこうしてみる」という受け止め方ですね。みんなが青信号で渡っているのにその時渡らず、赤まで待つ人がいるから「じゃあこうしよう」ということの連続です。だから、毎小節、結構しびれるよね。「次、あいつどうするだろう」と。後ろで起こることの予想と、目の前で見える矢部さんがやろうとしていることが違っていた時は、「ここは(隣の)森山くんどうするのかなー」とか。「(チェロの清水)詩織ちゃんどうするのかなー」と。

森山:(笑)

山本:そういう瞬間は、森山くんも悩んでいるのが分かるんですよ。だから「じゃ、やってみるね」みたいな感じは最初から最後までずっとある。

森山:ありますよね。演奏していて、言葉のない会話のようなことが色々なところで起こっています。会話になっていない時もありますけど(笑)。

指揮者がいないので、まずはコンサートマスターの矢部さんに合わせよう、ということでは決してないのですね。

山本:矢部さんは、ツアーコンダクターなんですよね。でもツアーコンダクターが「3時に集まってください」と言っても、まだトイレに行って戻らない人とかよくいるじゃないですか。その時に「じゃあその人が帰ってくる間に水を買ってこよう」とか。

その方が、3時に集まってしまうよりドラマが生まれる......。

山本:そう。日本人はきっちり3時に集まりやすい国民性を持っているけど。指揮者はそのあたりは強権的で、3時と言ったら、3時に集まれるように何回でも訓練する。それは当然なんですけどね。
矢部さんは、リハーサル前に自分がプランしてきたことなどは当然あるのでしょうが、彼も一応人間だから(笑)実際に現場で弾いてみて同じというわけではないと思うし、本番は彼が熱くなれば皆もひょっとしたらそれ以上の熱い演奏になる。
 低弦は、赤信号を渡らなくてはいけないことが多い気がします。やはり基盤を作る役割なので、まず一歩踏み出さないと始まらない。矢部さんも、もちろん自分でもリードしているんですけど、低弦が踏み出すのを待って何かをしよう、という時もあります。言葉には出しませんが。そういう時は、こちらは完全に信号無視ですよね。僕がいつも青信号を守っていたら、赤信号で渡る池松くんに「お前いい加減にしろよ」と言われると思うし、どちらかと言うと僕も池松くん寄りの人間ですから普通に「あっそう」と。
 ヴァイオリンや木管楽器のメロディーの方々が電車だとしたら、線路を敷くのが低弦の役目で、線路はいつも先にないとダメなんですよね。その線路を敷いている意識はあります。ちょっとカーブするなら「カーブするよ」ということをじんわり示したい。でも時には、その先が崖だったりするんですよ。そんな時「森山くんどうするのかなー」と。

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どうするんですか?

森山:その時にならないと分からないですけど(笑)、なかなかスリルはありますよね。危険は隣りあわせ。でもそれだけの価値がある。

山本:怖いですけどね。「晴れオケ」は、合わせようというよりは、むしろこちらを好んで選択する方かもしれません。指揮者がいないと困る局面も本当に沢山ありますが、守りに入ってばかりだと指揮者がいる時のオーケストラのダメな部分だけが出てしまうし、矢部さんも安全を望んでいるようには思えないですね。山を登るんだったら、「あそこの岩は左からまわって行きます」というプランを矢部さんは語るけど、たまに池松くんを始め何人かはその岩を登ったりしているわけですよ。それがいいんだと思う。

森山:岩を登ってみた方がいい景色が見えたり、美しい花を見つけたり、ということもあるでしょうね。

山本:最終的に、山頂で集合!という感じですね。

★集合_SNS用クレジット入り(C)大窪道治_0K74647 - コピー - コピー.JPG

なるほど、だからリハーサル毎に全然違うし、本番はあれだけスリリングな演奏になるのですね。ちなみに今後、晴れオケで演奏するのが一番楽しみな曲はどれですか。

山本:「第九」ですよ、「第九」。今まであまりにも演奏しすぎていますが、「晴れオケ」では絶対普段ではできないことができるんだろうな、と思っています。

森山:僕も「第九」ですね。不安も大きいですけど、楽しみの方が大きいですね。

今年演奏する曲(第4番、第7番、第6番、第8番)では?

_MG_8098(C)大窪道治クレジット入り.jpg

山本:ベートーヴェンは、殆どフォルテ2つまでなんですが、第8番第1楽章に1か所だけ、なぜかフォルテ3つのところがあるんですよね。そこを皆さんどれぐらいの想いで弾くのかなというのが楽しみ。ただ強い音には限界はあると思うんですけど、弱い音は「晴れオケ」ではもっとできそうな気がしているんですよね。「第九」の第4楽章でチェロとコントラバスだけでテーマを弾くところも、大きなホールでは何も聞こえないくらいの音量で弾きたいですね。実際、僕弾かないと思うけど(笑)。完全に弓を浮かして。これどう?って。

森山:山本さんがおっしゃるように、個々の奏者が試したい色々なことや、こうだといいなというたくさんの想いがあわさって、いい塩梅でオーケストラとしてできるというのが、このオケの魅力だなと、話を聞いていて改めて思いました。それは、指揮者がいるオケではやりにくい。

山本:指揮者に「チェロ、もっと弾いて」って言われたら、それを実現するのが僕たちの仕事だもんね。

森山:リハーサルの時も色々と試しながら、創り上げていくのが楽しいですね。それが回を重ねていくにつれて、大きく見て同じ方向に自然と向いているのかなと思う瞬間があって。それが晴れオケとしての音になってきているという実感があるので、それをさらに高めていきたいと思います。

山本:僕はチェロのメンバーに「ここはこういう風に弾きましょう」というようなことは、言ったことないよね。

森山:僕らとしては、自発的に取り組めてやりやすいです。最初の段階から能動的な気持ちでやろう、という環境を作ってくださっている。

山本:別に作っているつもりはないんだけど(笑)。ひとりひとりが生きないと何も始まらない気がするし、みんながそれぞれ思ったことをやっていて、それをなんとなく耳にして、「そうか、そういう風に思ってるんだ」と感じて弾く方が僕は断然楽しいですね。

自由で能動的な低弦の皆さまの支えで、「晴れオケ」の演奏が成り立っているのだとよく分かりました。最後にお客様に何かお伝えしておきたいことがあれば。

山本:(しばし考えた後に)......自由っていうのは勝ち取るものですよってことかな。
(一同爆笑)
山本:待っていても自由は来ないなと、それは思いますね。絶対に言うことを聞かなくてはいけない相手は、ベートーヴェンだけだと思うんですよ。だけどその絶対的な答えを出す人はこの世にいないから、皆、色々と想像するしかない。色々な歴史や膨大な人知によって現在の演奏にたどりついているのだと思いますが、それだってベートーヴェンが聴いたら激怒するかもしれないし、分からないですよ。最終的な答えは得られないと約束されているからこそ、個人個人が積極的に冒険を試みた方が可能性が広がる。「晴れオケ」は、若い人も優秀な人たちばかりなので、また世代によってやろうとすることが違うと思うんですね。違っていても、それがいっしょに音になった時に凄いものが生まれるかもしれないし、本当に分からない。やはり、こうであるべき、という固定観念は一度忘れたいですよね。自由を勝ち取りたいですね。

お客様にも自由を勝ち取っていただきたいですね。ありがとうございました。

「晴れオケ」の演奏には、第一生命ホールという親密な空間で、お客様も客席から積極的に舞台の音を「聴きにいく」からこそ得られる一体感があります。ぜひベートーヴェン・チクルスで自由を勝ち取りにいらしてください。