トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

矢部達哉(コンサートマスター)&広田智之(オーボエ)&三界秀実(クラリネット)

トリトン晴れた海のオーケストラ 第6回・第7回演奏会
ベートーヴェン・チクルスIII&IV (全5回)

トリトン晴れた海のオーケストラ(晴れオケ)のベートーヴェン・チクルスは1年目の2回のコンサートを終えた。そこでコンサートマスターの矢部達哉さんとオーボエの広田智之さん、クラリネットの三界秀実さんの3人に集まって頂き、話を聞いた。

指揮者がいないからこそできるアンサンブルが 「トリトン晴れた海のオーケストラ」の魅力

トリトン晴れた海のオーケストラ(C)大窪道治

ベートーヴェン・チクルス、1年目を終えて

矢部モーツァルトを中心にやって来ましたが、2016年に横山幸雄さんとベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会をご一緒に演奏した時に、この晴れオケはベートーヴェンが良いなと思いました。そしてベートーヴェンのシンフォニーが出来ることになった。実際に音を出してみると、想像以上の手応えがありました。打ち上げ花火みたいにベートーヴェンの交響曲全曲をやります、ということではなく、この時期にこのオケのメンバーと一緒に演奏する意義を感じました。ただ、お客様にも喜んで頂いているし、自分たちも楽しんで演奏しているのですが、自分の中ではまだまだ出来ることがたくさんあると分かったので、この1年間で4曲を演奏して満足ということではなく、もっと先に行きたいなという気持が大きくなっているのが正直なところです。★矢部さん_0KU9192(C)大窪道治cut2 - コピー.jpg
 みんながよく聴き合って、それで合わせています、というような所を目指していた訳ではなく、ベートーヴェンを演奏する上で、オケのメンバーひとりひとりの個性というかキャラクターを出した上でまとまるという方向性を目指していたのです。普通のオーケストラの場合、はみ出してしまうことを恐れて、小さくまとまってしまうものですが、このオケではそれを無くして、ひとりひとりが100%実力を出した上で合わせるということまで踏み込んだと思うのですが、その時に、より一段高い調和を目指す。みんなが全力を出して合っているので、それは良いことなのですが、次にピアニシモの響きの質とかにもこだわっていきたいと思っています。
 自分の実力を発揮することと、室内楽的に聴き合って演奏することを両立させるのは難しいのですが、例えば、ここは広田さんを聴いて、ここは三界さんを聴いて、ここはホルンを聴いて、という時に、自分がどんな音を出しているのか分からなくなる時がある。そういう点で、自分の演奏をさらに高めないとステップを一歩上がれないと思った1年でした。

指揮者なしのオーケストラの魅力

★広田さん_0K74254(C)大窪道治cut - コピー.jpg広田:演奏者側から見ると、いつもの客席の感じと変わらないです。でも、指揮者がいないことで視界が開けているから、よりお客様の存在を感じて演奏することになる。お客様の集中力を我々も感じて演奏するということになりますね。

三界:普段のオーケストラで演奏している時と、視覚的な違いは感じませんが、晴れオケはやはり弦楽器の人数が少ないので、アンサンブルがしやすい。結果的に客席に伝わるものが違うのかなという気がします。

矢部:普通のオーケストラのコンサートの時、お客様は指揮者を見ている時間が多いと思うのです。この晴れオケを始めた当初、聴衆はどこを見るのだろうと思ったのですが、このオケの場合、ひとりひとりの奏者からエネルギーが出ていて、目のやり場に困らないだろうなと思います。どこを見ても楽しい。客席との一体感がある。客席を含めて一緒に音楽を作っている感覚が良いなと思うのです。客席の集中度というか、いま良いなと思ってくれていることも、舞台の上から感じることが出来る。そういう相乗効果があるので、第一生命ホールで演奏することはいつも楽しいです。

広田:指揮者が居る場合、お客様は指揮者を見ていると思うのですが、その指揮者のアクション、p(ピアノ)を要求したり、アクセントを要求したり、そういう動きを見ますね。それを受けてお客様も音を受け止めるから、体感する度合いが強くなっていると思います。晴れオケの場合は指揮者がいないから、音だけを受けることになる。もちろん奏者同士の目配せや矢部さんの合図を見ることもあるだろうけど、指揮者のように見ている訳ではない。極端に言えば、音だけでやらなければいけない。それが我々の使命でもあるし、責任でもあると思う。その部分をお客様にも楽しんで頂けるのではないでしょうか。

矢部:もっともっと先へ行きます。いまある形は崩さずに、何かを変えるのではなく、何かを加えることで。ベートーヴェンに関して言えば「結果」が出ることはないのですね。これで出来たという日は来ないから、試行錯誤を続けながら毎回やって行く。この1年で4曲を演奏して、ベートーヴェンの破格の偉大さを思い知ることになりました。ブルックナーやマーラーに較べて、楽譜にフォルテとかピアノの指示が少ない訳ですが、それだけに奥行きが凄まじい。ベートーヴェン自身、正解を求めていなかったと思うし、その正解のないところに無限の可能性がある。それをみんなで探って行くことが楽しいのです。自分たちが納得してやらないと説得力がないので、その時点での確信を持って演奏できたら良いなということは思います。リハーサルの時間も限られている訳だから、そこで最大限の密度を出すためには、自分を信じ切ってやるしかないです。
 もちろん自分で考えて来たことが、初日のリハーサルでダメになることもあります。それで落ち込むこともあるのですが、そういうことも含めて、指揮者のいないリハーサルです。

★集合_SNS用クレジット入り(C)大窪道治_0K74647 - コピー - コピー.JPGオーケストラの音作り

矢部:ベートーヴェンの場合、指揮者によっては意外に木管の響きにこだわらないことがあります。でも、この晴れオケの場合は木管がメインと思ってやっています。ヴァイオリンにもメロディはあるけれど、ソロではない。みんなと調和しなくてはいけない。だから木管の人たちを引き出すことは注意しているつもりです。弦楽器がフルで弾いている時は、木管の人たちは自分ももっと音を出さなければいけないと思っているかもしれませんが、一番良い状態で木管が演奏していて、それを弦楽器が支えるのがひとつのテクニックです。

広田:だから、この晴れオケの木管は幸せですね。

三界:大きなオーケストラでもそういうことが起きているのだろうけれど、聴き取りづらい。それがこの晴れオケではバランス的にすごくやりやすくて、見通しが良い。

広田:支えられている感覚がありますよね。

矢部達哉(C)大窪道治(インタビュー用).JPG矢部:ほとんどのメンバーの方を若い頃から知っていますが、その後いろいろなところで経験を積まれて、それがいま結集しているという感じがありますね。それぞれの経験が生きて、その相乗効果があるというのが素晴らしい、ひとりひとりの個性を殺すこと無く。だから、この個性的なメンバーの皆さんをどう調和させて行くかを、皆さんと一緒に模索して行きたい。いま、調和はしていると思うのだけれど、さらに一段高い調和はあると思う。特にピアニシモの時に、いまも出ていると思うけれども、さらにマジックのような、魔法のような瞬間が生まれることは絶対にあると思う。それを目指したい。第一生命ホールのキャパシティを考えると、我々はちょっとリミッターを外しすぎと感じることもあるのだけれど、そこにさらにある種の質を加えて行きたいと思うのです。

チクルス第2年目の作品について

矢部:第3回の公演ではベートーヴェンの第4番と第7番を取り上げます。ベートーヴェンの中で第4番が一番好きという方が意外に多いですが、僕もそうです。第4楽章には弦楽器に超絶技巧を要するところがありますが、16分音符が音楽的に演奏出来るように目指したい。それと、この交響曲の調性が好きです、変ロ長調の中で一番印象的ですね。第2楽章がとても綺麗です。クラリネットのソロとか信じられないくらい。

三界:とても室内楽的なイメージがありますね。クラリネットにはすごく良い旋律を与えて下さって、やりがいもあるし、怖さもあるというところです。

矢部:第4番に関してはリハーサルをたっぷり取らないとダメだと思っています。第7番に関しては、古今東西の交響曲の中でも最も有名なもののひとつと思っていますが、いまの晴れオケにぴったり合った作品だと思います。何の心配もないというか、奇を衒わずに新しいことをやりたいと思います。あたかもこれが自分たちの十八番であったかのような演奏が出来ると思います。
 第4回目の演奏会では有名な第6番「田園」と第8番を取り上げます。「田園」は一番難しいかもしれないと思っています。響きとか音色に調和の感覚が一番活かされる作品だと思うので、そこは万全の準備で臨みたいと思います。絶叫するところが無い作品というか、中庸の美を求められる時間の多い作品です。「田園」の最終楽章は素晴らしいと思います。ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲に通じるような部分がある。田園は自然なのだけれど、その中に神が溢れてくる、神様とつながっている部分が出てくる。神とつながっている自然、それが現れてくる作品だと思います。

★三界さん_0KU9130(C)大窪道治cut - コピー.JPG三界:「田園」のクラリネットはオーケストラのオーディションで必ず指定されるぐらい、クラリネットにとって重要な作品です。ベートーヴェンの音符は実はシンプルなのですが、それによって、その演奏者がどういう人かが音に出てしまう、その人がどういうことが出来て、どういうことが出来ないかが分かる。基本的な部分が出てしまう作品なので、難しさは常に感じています。

矢部:そういう意味で「田園」は一番のサンプルになりそうですね。どこまで新しいことを付け加えられるか。晴れオケのメンバーはみんな音楽的な感性に優れています。ひとつのことを言うと、それが別のことにも反映されてくる。「田園」を演奏する時に、何か新しい自分たちを見せることが出来たら良いなと思います。そこまで高めて行きたいという期待がいまは大きいです。

(聞き手:片桐 卓也)