矢部達哉さんをコンサートマスターに迎え、今年で3年目のトリトン晴れた海のオーケストラ(晴れオケ)。
コンサートマスターの矢部達哉さん、チェロの山本裕康さん、そして、広田智之さんにお話を伺った。
各地で東京オリンピックに向けた工事が進んでいる。新しい国立競技場の現場では、何本ものクレーンがまるで巨人の指のように空に向けて広がり、何かをつかもうとしているようだ。それを見て思ったのは「オーケストラも土台が大事」ということ。巨大な何かを乗せるためには「土台」が大事なのだが、オーケストラにとっての土台とは何だろう?
コンサートマスターである矢部達哉さんに聞いたいくつかの質問の中からその答えを探ると、「お互いの信頼感、そして相手をよく聴くということ」になるらしい。「気心の知れた演奏家を集めていて、コミュニケーションに関しては非常に心地よくできています。そして、相手が何をしているか、何をしたいかを瞬時に理解すること。そこにオーケストラとしての自発性が生まれるのだと思います」と矢部さん。
チェロの山本裕康さんはそれをこんなふうにも表現する。「矢部さんの〈聴く〉能力が素晴らしいと思います。ヴァイオリン・セクションのちょっとした音程の乱れも聴き逃さないだけでなく、他のセクションの音もすべて聴いている。矢部くんの頭の中で確固たる演奏像が存在していると思うんです。彼の凄いところは、その演奏像と現在鳴っている響等々を瞬時にして比較検討できるところだと思うんです。そして演奏しながら「聴く」ことがみんなの中に浸透していくのがわかるし、それがみんなの安心感にも繋がると思うんです」と。
第3回目となるこの秋の演奏会では、モーツァルトの〈オーボエ協奏曲〉と〈交響曲第39番〉を中心に〈オール・モーツァルト〉のプログラムが組まれる。「集まってくれた素晴らしいメンバーの個性を活かせるようにしたいと思っているので、今回はオーボエの広田智之さん、そして素晴らしいティンパニ奏者である岡田全弘さんが活躍する作品を選びました」と矢部さん。あの軽快な〈フィガロの結婚〉序曲に始まり、〈セレナータ・ノットゥルナ〉〈オーボエ協奏曲K314〉、そして〈交響曲第39番〉と並ぶ今回のプログラムは、また新しい「晴れオケ」の魅力を教えてくれるプログラムとなりそうだ。
モーツァルトの《オーボエ協奏曲ハ長調K314》のソリストはオーケストラのメンバーとしても活躍している広田智之さん。
「オーボエ奏者にとって避けることのできない傑作、それがモーツァルトの協奏曲。でも、ソリストとしてはちょっと"ピリッ"とする作品です」とおもしろい表現をする広田さん。その理由は?
「ひとつひとつの音符に意味があり、きちんと演奏しなければいけないけれど、同時にモーツァルトらしいカンタービレの旋律も、自然に歌うように表現しなければならない。みんな悩む作品で、精神的な余裕がないとうまくいかないチャレンジングな作品だからです」
普段はいっしょに演奏している「晴れオケ」との共演。
「ソリストとしてドンと中央に構えているだけではなく、オーケストラのメンバーとアンサンブルをしている感覚で演奏したいですね。それができるオーケストラだと思いますし」
呼吸(いき)のあった演奏に期待しよう。
[聞き手・文/片桐卓也(音楽ライター)]