ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲から、選りすぐりの傑作を3年にわたっておおくりするシリーズ第2回。ゲストに假屋崎省吾さんを迎え、おふたりのトークはもちろん、舞台上に飾られる假屋崎省吾さんの作品もお楽しみいただきます。児玉麻里さんにお話をうかがいました。
第1回を終えて、第一生命ホールはいかがでしたか?
舞台と客席のコミュニケーションが非常に取りやすく、空間がありながらまるでサロンで弾いている感じでした。
公演当日の朝、假屋崎省吾さんに、舞台に見事な作品を活けていただきました。
假屋崎さんの作品のような芸術作品は時間を超える美しさを表すものですね。インスピレーションを高めることができたように思います。
コンサートから離れますが、児玉麻里さんがピアノを始めたのはいつでしょうか。当時のことを覚えていらっしゃいますか。プロのピアニストになろうと思ったきっかけはありましたか。
母が家でピアノを教えていたので生まれた時から音楽に囲まれて育ちました。母によると私は2歳で始めたがったそうなのですが、3歳まで待つように説得されたそうです。だんだん難しい曲が弾けるようになるのが楽しかったのを覚えています。10歳の頃、本格的なピアノの勉強を続けることを決心し、パリ音楽院卒業後、ロンドンデビューをきっかけにすぐ演奏活動を始めました。
お嬢様のカリン・K・ナガノ※ さんは、どのようにピアノを始め、プロのピアニストになったのか教えていただけますか。
娘は初めチェロを弾きたかったのですが、まずピアノから始めたらそのままずっと弾き続けることになりました。今はアメリカのイエール大学1年生なので、勉強と演奏活動を両立しています。
それではコンサートに戻って、第2回となる今回のプログラムのテーマはありますか。
カレイドスコープ(万華鏡)のように、人間の色々な面に光をあてられればと思います。作品49のソナタは、第20番の「ソナタ」は、小さいけれどとてもよく書かれていて、第2楽章のメヌエットは、心が躍るような音楽です。ベートーヴェンが弟子を思いやって書いた「かんたんなソナタ」と言われますね、と言っても決して易しくはないのですが。
それから「悲愴」は絶望と苦悩が始まる時期のソナタ。ひとの心に寄り添うソナタだと思います。美しい第2楽章は、いつの時代にも共通の"平和への祈り"が込められているような気がしてなりません。
「ハンマークラヴィーア」は、開発された新しい楽器を使って、将来を向いて楽しく色々試みようという時期。ですからある意味、ベートーヴェンの性格のヴァリエーションとも言えます。
大曲「ハンマークラヴィーア」を聴けるのが楽しみです。
「ハンマークラヴィーア」は、ピアノ・ソナタ集のなかで最も大きな「ソナタ」です。終楽章の序奏には謎の部分がたくさんありますので、それをひもといて演奏するのも楽しみなことです。
いつもこの曲に立ち向う時には、背筋が伸びる思いです。そして大きな喜びを感じます。ピアノという万能の楽器の持ち味をこれほど活かした楽曲が、ほかにあるでしょうか!
「ハンマークラヴィーア」の魅力について伺ってもよろしいでしょうか。
「ハンマークラヴィーア」は、ありきたりのソナタと違って、テクニック的にも、重要さの面においても、4つの楽章が1曲ずつ独立しています。第1楽章は楽器の可能性を最大限に使って、まるで今まで建てたことのないようなカテドラル(大聖堂)を構築しているようです。第2楽章のスケルツォも軽いけれど内容がつまっている。その後の第3楽章は、長いトンネルを通っていく、精神の旅のようです。20分間というそれまでにないような長さの緩徐楽章を、どれだけ聴いている方がドキドキしながら旅できるか。とても力強いと思います。そして、第4楽章のフーガは、曲の構築面でも技術的にも考えられない書き方をしている。4つの楽章はバラバラでもすごいのですが、ひとつひとつを通りぬけて最後まで聴くと非常に大きな経験をした、という感覚も持てるのです。おそらく、次回演奏する第30番、第31番、第32番のソナタを3つ続けて聴くと、やはり同じ効果があると思いますが、1つのソナタでそんな感覚を持てるのはこの「ハンマークラヴィーア」だけではないかと思います。人間の感情、テクニック、あらゆる意味で大きさ、重さの積み重なりでできていて、それが重さで沈むのでなく、上に積み重なっていく傑作です。縦の線の重みと、横の流れと、全てが入った曲ですね。ですから、今回のソナタ選集全3回のプログラムを作る際に、この「ハンマークラヴィーア」を外しては考えられませんでした。
お客さまにメッセージがありましたらお願いいたします。
特に準備することなく、そのまま聴いていただけたら、伝わるべきものは伝わると思います。「ハンマークラヴィーア」は、ヨーロッパ、アメリカの大都市、田舎、色々なところで弾いてきましたが、難しかったという反応はありません。海外の方は感想をかなり正直に言いますので、日本の皆さまにもきっと楽しんでいただけると思います。
ベートーヴェンの音楽はいつも愛情と祈りにあふれています。皆様がこのコンサートを通じてご自身の旅をなさっていただければ幸いです。
(このインタビューは、児玉麻里さんへのメールインタビューと、直接お会いしてのインタビュー、プログラムに寄せたメッセージから再構成しました。)
※ピアニストのカリン・K・ナガノさん。お父様は指揮者のケント・ナガノさん