幸せを、ご一緒に。《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》5月10日の第9回でお迎えする朴葵姫さんは、若手ギタリストの中でもずば抜けた美しさで聴き手を包んでくれる逸材。優しい響きにもエネルギーが美しく満ち、パワフルな表現力に鋭敏な感性が溢れ‥‥しかしどこまでも繊細で美しい音楽。ギターを初めてお聴きになるかたも「こんなにしなやかで深い楽器なのか!」と驚嘆されるはず。お楽しみに。
笑顔も柔らかい朴さんは、少女時代に日本でギターを始め、その繊細でしなやかな美音と優れたバランス感覚で師・福田進一を驚嘆させたひと。東京音大を経てウィーン、スペインへ留学し、絶妙なしなやかさに歌あふれる表現に磨きをかけました。その精緻な空気感のなかに広がる快活な喜び、はたまた哀しげな響きにも優しく光る心‥‥
コンサートを前に、今回聴かせてくださる曲目について、留学時代の愉しい思い出など、あれこれお伺いすることができたので、ご紹介いたしましょう。[ききて・構成:山野雄大(『昼の音楽さんぽ』ご案内役)]
このシリーズでは、リニューアルして私が司会・構成に入った最初のシーズン、第2回で鈴木大介さん&大萩康司さんのギター・デュオをお迎えしたんですが[2015年9月3日]これが大好評をいただきまして「ぜひまたギターを!」というお声も多かったんです。今回、それこそシリーズ開始当初からぜひお呼びしたいと願ってきた朴さんをお迎えできて、お客様はもちろん私も嬉しいです。
朴:ありがとうございます!先輩がたがいらしていただいたおかげで、その後の私もスムーズに(笑)。
[トリトンアーツのスタッフより質問]第一生命ホールの印象はいかがですか?
朴:まだ弾かせていただいたことがないのですが、いろいろなかたからお話を伺うと、とても響きが素晴らしいホールだときいて。日本はそれぞれ響きも綺麗で素晴らしいホールが多くて、世界一だと思っています。東京でも地方でも、良くないホールに当たったことがないというほど。
第一生命ホールは、舞台と客席との距離感も親密で、木目の空間も綺麗ななか、ギターも繊細に美しく響くホールですから、お客様も期待いっぱいでいらして下さると思います。
朴:このシリーズ、山野さんたちの公演の写真も拝見していて(笑)とても楽しみです。
朴さんとはこれまでもいろいろな雑誌のインタビューでお会いしているのですが、こうしてお迎えできて嬉しいです。しばらく留学されていましたが、いま活動の拠点は日本で。
朴:去年の7月にスペインから帰ってきて、たまに海外に行くことはありますが日本を拠点に活動しています。今後も常に勉強し続けたいと思っていますが、コンサートで行くことはあっても長いあいだ勉強にいくのは難しいかなと。
東京音大を経てウィーン国立音大へ留学され、スペインにも留学されて‥‥ヨーロッパ各地で演奏活動もされてきた朴さんですが、お客様の反応など各地で違ったりしましたか?
朴:スペインも良かったんですが、一番熱かったのがイタリア。生まれて初めてスタンディング・オベーションを経験しました(笑)。トリノの教会で演奏したとき、拍手がとても熱くてブラヴォーが何度も飛んで、最後にお爺ちゃんが立ち上がって拍手しはじめたら周りの皆さんも一斉に立ち上がって。いつもと同じく一生懸命弾いたのですが、とても温かく拍手して下さった熱い感情は忘れられないですね。
日本の演奏会だとお客様もちょっとシャイですからね(笑)。
朴:でも日本では演奏会が終わった後のサイン会で、とても感情を込めた言葉を下さるので、日本の皆さんのシャイな部分も熱い感情も知っていますから大丈夫です(笑)。イタリアの皆さんは音楽も身体で表現されますし、ドラマティックな反応がお好きなのかも知れません。スペインも客席が熱いですし、ヨーロッパは全般的に反応がわかりやすいです。演奏が気に入らないと後半で帰っちゃうし(笑)。アメリカはアメリカでお客さんが求めるものが違います。カーネギーホールで初めて弾いたとき、ステージマナーのようなものをとても大事にする国だな、と感じました。アメリカではコンクールでもパフォーマンスにステージマナー、センスなど総合的に評価するかも知れません。いろいろなところで演奏すると、こういう基準があるんだ‥‥ととても勉強になります。
ドイツや留学されたオーストリアでもギターは人気ですか。
朴:日本ではギターに親しむ人が多いわりに音大にギター科がないところがほとんどですが、ヨーロッパではどこの音大にもギター科がありますし、私の留学したウィーン音大では、チェロよりメジャーな楽器でした(笑)。ただ先生にウィーン出身のギタリストはいなくて、私の先生も含めて海外から著名なかたがいらしている。
憧れの国、ギターの本場・スペイン!
今回のコンサートでは、ウィーンの次に留学されたスペインの音楽もあれこれ組んで下さっていますが、もうスペインには何度も行かれて。
朴:7回くらいでしょうか。最初はコンクールのためでした。スペイン語は基本的な挨拶くらいしかできなくて。料理を頼めればいいかなと思って、基本的な言葉だけは覚えていきました。鳥肉、牛肉、豚肉、ビール‥‥(笑)。
以前のインタビューで、決めていた行き先からふと変えて知らない駅で降りてみて‥‥というひとり歩きのふらり旅をされたり、スペインの街から田舎まで独特の雰囲気を身体で感じられた経験、というのをお話し下さったのが印象的で[『レコード芸術』2012年9月号]。スペインといえばギターの本場として憧れるところもあったと思いますが、実際に行ってみて印象が変わった、ということは何かありましたか?
朴:それが意外に無い国だったんですよ。天気も料理も人々も‥‥。〈明るくて愉しい国〉という印象は、留学で実際に住んでみて、もっともっと素晴らしい国だな!という印象になりました。スペインでは、人間同士で嫌な思いを一度もしたことがないんです。どこの国でも一度は不親切な人に会ったりなど、嫌な思いをすることがあったり、トラブルに遭うことがあったりするものですが、恵まれているのか縁があったのか、スペインではそういうことが一度もありませんでした。
素晴らしい。
朴:6ヶ月ほど留学したのですが、冬から春、夏と滞在して‥‥スペインの秋だけは住んで体験することができなかったんです。旅行で秋のスペインを見ることができましたが、四季の変化も大きいんですよ。
これはヨーロッパに行ってみて感じたことですが、モーツァルトをはじめクラシック音楽に季節にまつわる曲が多いのは、それぞれ季節のキャラクターが強いからかな、と。私が最初に留学していたウィーンもそうですし、ドイツもそうだと思うのですが、冬は花もなく木に葉もなく、薄暗くて怖いような風景が何ヶ月も‥‥10月頃から3月頃まで半年近くも続くのです。それが4月くらいになると、花が咲き始めて公園などもとても綺麗になる。こうなったときの感情をモーツァルトたちは表現していたんだなぁ、と感じました。日本では季節の変化を天気や肌で感じたりしていたのですが、ヨーロッパでは特に〈季節の変化を見て感じる〉ことが強いな、と気づきました。空の色も全然違いますしね。
スペイン留学中はいろいろな街に行かれましたか?
朴:ええ、グラナダ[スペイン南部アンダルシア州]、バルセロナ[地中海に面したカタルーニャ州都]、マドリード[スペイン中央部・首都]、バレンシア[地中海に面したバレンシア州都]、あとアルメリアっていうスペインの一番南にある街や、カディス[スペイン南西部、大西洋に面したカディス県都]‥‥。
文化もそれぞれ全然違いますでしょう。
朴:そうなんです。他の国に行ったみたいな違いがあります。ですから、今回のリサイタルで弾くアルベニス[イサーク・アルベニス(1860~1909)]の作品4曲も、それぞれスペイン各地の街の名前がついていますが、キャラクターが重なることがなくて面白いと思います。
アルベニスの4曲に聴く、スペインの光と色さまざま
アルベニス作品集として、それぞれ街の名を冠した《アストゥリアス(伝説)》《カタルーニャ奇想曲》《コルドバ》《セビリヤ》の4曲を弾いていただきますが、朴さんが感じられた街と曲のイメージをちょっとご紹介いただけると嬉しいです。
朴:私が感じるのは、たとえば[イベリア半島北部・アストゥリアスを名に冠した]《アストゥリアス(伝説)》Op.47-5 の場合は、自然豊かで、スペインには珍しくスイスに間違われるような山岳地帯でもありながら海もあったり‥‥。この曲も、霧がかった山の上で雨がだんだん強くなって暴風になっていくようなイメージがあります。
[北東部、地中海に面したカタルーニャを名に冠した]《カタルーニャ奇想曲》Op.165-5 の場合は、地中海の緩やかな波を表現したイメージ。留学していた時は毎日毎日、緩やかな海を見ていたんです。日によって天気もわるいし風も出るのが海というものですが、ずっと緩やかで‥‥この曲もそんな光景を思い出すイメージ。
《コルドバ》Op.232-4 は、このコルトバという街[スペイン南部アンダルシア州]がとても古い街ですし、曲も渋いなかにお洒落さを感じますね。歳をとったおじさんが口ずさむ歌声、のようなイメージ。どこか切ないところがあったり、若い人からは決して出てこないメロディ‥‥というイメージで、実際にコルトバの街に行ったときもそんな感じでした。古い街並みで、軽すぎないのに暗くはない。行ってみてこの曲がもっと好きになりました。
[スペイン南部アンダルシア州都の名を冠した]《セビリヤ》Op.47-3 は、街がほんとうに明るいんですよ。建物も人も南国の光を浴びて、そして優雅。街自体は東京に比べれば本当に小さな街なんですが、宮殿など建物もなんでも大きめに思えました。スケールが大きくて開けた感じ。さらに華麗で大らかなイメージもこの曲に感じられますね。
あわせて20分くらいありますが、4曲それぞれ同じには聴こえず退屈しませんし、人の感情よりも景色それぞれの色を伝えていくような音楽になっていますから、リサイタルではトークも交えてその色をお伝えできればと思います。
実際に作品の生まれた土地、作曲家のインスピレーションを刺激した街を訪れて、その場所の色や光、風を感じることは演奏表現にも大きな刺激になるでしょうね。
朴:そう思います。マスタークラスを受けるときに、教えてくださるマエストロたちが皆さん仰ったのは「いろんなことを感じとって、それを愛すること」でした。ぺぺ・ロメロさん[スペイン出身の名ギタリスト]や、デイヴィット・ラッセルさん[イギリス出身、スペイン在住の名ギタリスト]、パヴェル・シュタイドルさんというチェコの巨匠もそうでした。
それはどういうことなんだろう‥‥と小さい頃から考え続けてきたのですが、いま自分がマスタークラスなどでギターを教える時にやはり同じことを言っている。どの音階でも、どのメロディでも、なにか感情を噛みしめて弾くことが大事なんだと‥‥。
ただ、これは歳を重ねれば自然に身につくことなので、若い人たちがいま出来ないからといって不安に感じることはないんじゃないかな、とも思います。自分も不安に思ったことがあるのですが、大人になると変わってくると思います。
がむしゃらな若い目にしか見えない景色もあるでしょうし、その経験を踏まえた上で視界が広がってゆくというのも大事なんでしょうね。
朴:それは決して間違いではない、素晴らしいことですよね。たまに《アルハンブラの思い出》でも、実際にアルハンブラに行ったことがない頃は、人から「どうして行かないの? 行かなきゃ分からないよ?」と言われたことがあるんですが(笑)、でも私は、想像の中から弾く、ということも大事だと思うんです。見たものだけに頼っては偏ってしまう、ということもあり得るわけですから。
たとえば、小説を映画化したものを観たときに「自分は原作の小説から自由に想像したほうが好きだったなぁ」と思うことだってあるわけで、逆に想像通りに映画化されていたら嬉しかったりもするでしょうし‥‥。アルハンブラに行かなければ《アルハンブラの思い出》が弾けない、というわけではないと思います。行く前に弾いて、行った後に弾いて‥‥スペインの地名から来る曲など、それが愉しいんですよね。正解はないので。
まだ見ぬうちに想像することも大切ですし、実際行って感じられることもまた大切。ちなみに、アルハンブラ宮殿は実際に行かれてみていかがでしたか?
朴:とにかく大きいんです(笑)。ほんとうにテーマパークのように大きい。イスラムなどヨーロッパではない異国のさまざまな文化が入っていますし、部屋ごとにコンセプトが違って、それぞれ模様など細かくって美しくって、どうやって創るんだろう‥‥ってずっと思いながら見てました。どんなに技術が発達しても、昔の人が考えたこの建物には及ばないのでは?と。‥‥高校で歴史の授業を受けていると、名前が覚えられなくて眠くて仕方なかったんですけど(笑)今になってみると、歴史をちょっとでも囓っていると、こういうところに行ったときに面白いですね。歴史もこれからいろいろ勉強してみたいと思います。
ヨーロッパの街を歩いていると、古い建物に昔住んでいた人の名前を書いたプレートがはめてあったりするのを見て、歴史の本で見たけれど使うことのないまま格納されていた知識がぱっとハマって「おお!あの人か!」と思ったりしますよね(笑)。
朴:そうそう(笑)。
軽やかなスカルラッティ、バークリーの不思議な魅力
コンサートの最後でアルベニスの4曲を聴いていただき、会場も大いに盛り上がっていただきますが‥‥まず最初は、イタリア出身で長らくスペインに住んだ作曲家、ドメニコ・スカルラッティのソナタをふたつお聴きいただきます。
朴:私、自分のリサイタルはいつもスカルラッティで始めるんです。聴きやすいメロディのラインが合わさっていって、簡潔ながら綺麗にしみていくようなスカルラッティの音楽から、リサイタルを始めるのはいいかなぁって、自分も落ち着く定番になっているんです。
わかりやすいけれど、聴いていると耳もひらいていくような音楽で、いいですね。
朴:そう、繰り返しもある曲ですから、最初「なんだろう?」って思っても、2回目を聴けばはっきり分かる、というのもポイントですね。リサイタルでだんだん私と一緒にお客様も感情が高まっていく、というドラマティックな波をつくっていくためにも、最初は感情もあまり複雑ではない曲を選んでいます。音楽に入りこむ前にちょっとそわそわしている時も、シンプルな美しさを通して耳に馴れていただいて、そこから感情も馴れていくという。
このシリーズ、開演が朝の11時ですから(笑)お目覚めの曲としてもぴったりでしょうし、その親しみやすさの中にも、ギタリストの個性が薫ってきていいと思います。
朴:軽やかに始まりたいですね(笑)。
スカルラッティのあと《アルハンブラの思い出》をお聴きいただいて、次に弾いていただくのがレノックス・バークリー[1903~1989/イギリスの作曲家]の〈ソナチネ〉Op.52-1、これは朴さんのセカンド・アルバム『ソナタ・ノワール』[フォンテック/2012年発売]に収録された作品ですね。
朴:そうです。これをぜひご紹介したかったのは、最近弾いていなかったということもあるのですが、自分の中で懐かしい曲でもあり、自分を成長させてくれた作品でもあります。
私が留学する前、この曲で初めてアルヴァロ・ピエッリ先生のマスタークラスを受講して刺激を受け、そこからウィーン留学に繋がったという作品なんです。はじめ自分なりには理解していたつもりで行ったものの、それはまったく理解に満たないという状態で‥‥留学してちゃんと学んでもまだ難しくて(笑)人生でベスト3に入るくらい難しい曲でした。テクニックはもちろん音楽的にも「これは何を意味しているのだろう?」とイメージがなかなか湧かなかった。湧かないまま「そういう不思議な曲なんだな」と思いながら弾いていたのですが、学ぶうちに自分の中にいろいろな色が感じられてきて、いろんなコンクールで弾いて賞をいただくようになった作品です。
このバークリー作品を通して、朴さんというギタリストが華ひらいていった、とても大切な作品というわけですね。
朴:そうそうそう。なにしろ最初聴くと音階から不思議な曲なんですよ。マイナー(短調)なようでメジャー(長調)にきこえるような、日によってひらけて聴こえたり(笑)。これこそ、感情ではなく〈色〉で表現されている音楽ですね。映画でも、感情が極端に高まる作品もあれば、なんとなく流れるような映画もあるのと同じで、このバークリーの曲はマニアのかたにも評価される芸術映画のような作品ですね。
スカルラッティとタレガでお目覚めいただいたあたりで、バークリーの美しくも不思議な音世界にぐっと惹かれていただくのは素敵だなと思います。
朴:そのあとはバリオス《森に夢見る》でゆったりしていただいて(笑)。自分の一番好きな曲です。ただ単純に美しい森をイメージしたわけではなく、このなかで道に迷って前が見えないような怖さも入っているような、すごくドラマティックな作品です。
その次に、ギター愛好家にはお馴染み、ギターを初めて聴かれるかたでもすぐに切れ味のいい魅力を感じていただけるローラン・ディアンス[1955~2016/フランスのギタリスト・作曲家]の作品から、《ワルツ・アン・スカイ》と《リブラ・ソナチネ》第3楽章を。
朴:私、日本でディアンス作品を弾くのは今回が初めてになります。アンコールで《タンゴ・アン・スカイ》を弾く以外は家で勉強していたばかりで、身近にあるから後回し‥‥という作曲家だったのですが、作曲家が去年亡くなられたこともあって。これは本当にギターの魅力が感じられる作品で、さまざまな奏法や躍動感のあるリズムに惹き込まれる曲なので、聴いていただいてぐっと熱くなると思います。
朴さんのギターを聴いていると、その昂ぶる情感、素晴らしい強さや熱さのなかにも、繊細な柔らかさと優しさと、エネルギーがぐっと綺麗に花ひらくような素晴らしい音楽性を感じます。今回のプログラムも、ギターならぜひこれは聴きたい!という名曲から、ちょっと珍しいけれど聴いたら不思議な魅力に惹き込まれることうけあい、という新しい出逢いの作品まで、いろいろバラエティに富んだ演目にも素敵な起伏をつけていただいて、私もとても楽しみです。
朴:ありがとうございます。それぞれ調性のめりはりなども考えながら感情がいちばん高まる曲を最後に置いてプログラムを組んでみました。私も楽しみにしていますので、どうぞよろしくお願いいたします!
[2017年1月収録/取材協力:コンサートイマジン]