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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

ラデク・バボラーク

室内楽の魅力 モーツァルト 第2回
~バボラーク ホルンの室内楽

その絶大な人気から、日本で「バボちゃん」の愛称でも親しまれるホルン奏者ラデク・バボラークさんが、第一生命ホールに登場します。弦楽四重奏にコントラバスを加えた室内楽版によるホルン協奏曲は必聴です。

世界最高のホルン奏者によるモーツァルト

モーツァルトのホルン協奏曲全曲とホルン五重奏曲を一度に演奏するとは、バボラークさんにしかできないプログラムですね。

ありがとうございます。世界で私だけという訳ではないと思いますけどね。実は1980年代、私の生まれ故郷のパルドビツェで、師事していた先生が、ピアノを使っての演奏でしたが、モーツァルトの4つの協奏曲を演奏しながら、どう違うのかどこが似ているのか、ていねいに解説してくださったことがありました。当時私は10代でしたが、このように弦楽五重奏を入れて協奏曲を全部演奏するというアイディアは、おそらく子どものころから私のどこかにあったのではないかと思います。実際に演奏させていただくのは初めてになりますが。


初めてなのですね!

付け加えておきたいのは、モーツァルトのホルン協奏曲は、ピアノ協奏曲などと違ってそんなに長いものではないということ。それからもうひとつ忘れてはならないのは、未完成の作品が結構あって、完成したのは3曲、それでもピアノ協奏曲ほどには複雑なものではないということ。ですから、そんなに大変なことではないと思います。


ピアノと違って、吹いて演奏する楽器ですので、逆に大変なのではと思うのですが。

モーツァルトの作品を聴くと、その才能に魅せられてしまいますが、同時に彼の教養を忘れてはなりません。当時彼ほど楽器の性格に精通していた人はいなかったのではないかと思うのです。ホルンのために書かれた協奏曲をパッと見ると、ホルンそのものをよく知っていて、しかもまるで自らがホルン奏者であったかのような書き方をしているのが分かります。当時の他の作曲家が書いたホルン協奏曲には、がたがたのものが非常に多い。協奏曲でコロラトゥーラを見せたがる人ばかりなのですが、そういうことはモーツァルトには一切ありません。楽器に精通し、どうすれば楽器を最もよく聴かせられるかを知っていたわけです。さらに、彼のイマジネーションにも注目です。やはり彼ほど、ホルンの音、ホルンが醸し出す雰囲気を知っていた人は他にいなかったのではないかと思いますね。ホルンに合った曲を作ったところが彼の一番の功績だと思います。ですからたいして難しくはないのです。
もうひとつ忘れられがちなのが、当時のチェコ出身の作曲家フランチェスコ・アントニオ・ロセッティの影響です。彼はホルンのための協奏曲を20曲以上書いていまして、2つのホルンのための協奏曲も書いているのですが、彼の楽章構成はよく考えられていて、2楽章はかならずロマンス、そして狩の音楽を3楽章として入れていました。このロセッティから学び、モーツァルトは最終的に自分なりの協奏曲を創り上げています。


モーツァルトのホルン協奏曲といえば、思い浮かぶのは同時代のホルン奏者イグナツ・ロイトゲープで、譜面にも彼への書き込みがありますよね。

確かに。先ほどのロセッティは作曲家ですが、ロイトゲープはホルン奏者ですね。ロイトゲープへの手書きメモは有名で、例えば赤インクはこういう意味で、緑インクはこういう意味で、など学者の間で諸説あるようですが、本当にそうなのかなと思うこともありますよ。インク切れになったから、そこにあったインクを使っただけじゃないの、と(笑)。メモには、ロイトゲープに対してふざけた言葉や、こういう風に演奏したほうがいいよというアドヴァイスもありますが、何よりも大事なのは、モーツァルトはロイトゲープや他の奏者とも非常に親しく、彼らのことを理解して、望むような音を書いてくれたのではないかということです。


協奏曲のオーケストラパートを、弦楽五重奏で演奏するにあたって、アレンジは?

ウィーン・フィルのホルン奏者ローラント・ホルヴァートによるものです(第3番の第2楽章はミヒャエル・ハイドンによる編曲版を演奏予定)。弦楽四重奏、もしくは弦楽五重奏にアレンジしているので、それを基にしています。ホルン奏者でも、実際に協奏曲をオーケストラと演奏させてもらえる機会は少ないですから、よく考えたものですね。ピアノとホルンのための曲はありますが、弦楽器とホルンのための曲は少ないですしね。弦楽器と演奏することで、ホルン奏者は、より自分の楽器について考えるチャンスを得られますし、また新たな可能性を発見できるでしょうから。そういうわけで、私たちはホルヴァートのアレンジを採用したわけです。それがこの公演をやりたいと思った理由のひとつ。
161126_Mozart2_interview_2.jpgそれより大事なもうひとつの理由は、当時の演奏風景を、聴衆の皆さまに提供したいと思ったのです。先ほど、第一生命保険株式会社がザルツブルクのモーツァルトの住家の修復を支援したお話も伺いましたが、おそらく当時は、そうした家や、ウィーンで住んでいたアパートや、他にも色々と、人が住んでいた室内で演奏が行われていたのです。その雰囲気をお届けしたいと思います。当時の音楽会は、必ずしもお客様を呼んで行う、お客様のための音楽ではありませんでした。音楽家たちが、当時の傑出した曲を探して来たり、または、どこかでいい曲聴いたよ、と楽譜を見繕って持ってきたり、あるいはモーツァルトの作品も入っていたかもしれませんが、そうした新しい音楽を持ち寄って、自分たちのための勉強会を開くわけなのです。ホールもいらない、余計な出費もない、アパートの一室で、椅子と楽器とそれを演奏する友人たちさえいればできることでした。モーツァルトの場合は、父レオポルトはヴァイオリン、モーツァルト自身や姉のナンネルはクラヴィーアを弾いたりしました。今と違って、当時の音楽家は色々な楽器を高いレベルで演奏でき、また作曲できるのも普通でした。そこに例えばロイトゲープがやってきた時もあったでしょう。おそらくそのような雰囲気の中で、ホルン協奏曲の譜面のメモも誕生したのでしょうね。そこには必ずといっていいほどボーリングやビリヤードがあって、休憩にちょっと1曲やろうか、という雰囲気だった。例えばモーツァルトの手紙などにも、「こんな音楽会をやりました」というような記録が残っています。貴族は大きなところで立派な演奏会を開く余裕がありますが、逆にこういう親密な演奏会はできなかったでしょう。本当に音楽家たち自身が音楽を楽しむ風景、それをお届けしたいと思います。
当時の雰囲気を再現するには、現在、色々な方法がありまして、例えばその時代の楽器(ピリオド楽器)を使う、という方法もありますね。しかし私が思うに、最近はアカデミックなことに重きを置かれすぎて、結局、本来の姿が失われてしまうことがあります。当時の演奏は、非常にオープンだったことを忘れてはなりません。誰がどのように弾くというのは大事ではなく、音楽そのものを楽しめればよかった。ディテールを追求する時代ではなかったのですから、今の学者のように、例えば、楽譜の中でこの記号がドットなのかコンマなのか、それによって曲全体の性格が変わる、というような話ではなかったでしょう。当時はプロでもアマでも音楽を楽しめればよかった。ですから私もやはり、少ない人数の中で、同じような雰囲気をお客さまにお届けすることができればと考えています。


共演者の皆さまをご紹介いただけますか。奥様もいらっしゃいますね。

アンサンブルのメンバーですが、まず皆、私の親友です。妻ふくめてね。前にも録音をしていますが、今回は、普段は第2ヴァイオリンを弾いている友人カレル・ウンターミュラーがヴィオラを弾くことになります。私にとって大事なのは、プラハ音楽院時代の同級生で編まれているアンサンブルで、20数年お互いに成長してきたということ。音楽院を卒業して、私はしばらくドイツにいたのですが、それでも友情は続き、非常に仲良く、時にけんかもしながらやっていたわけです。今回は私より若い2人のヴァイオリニストがいまして、多くのコンクールに入賞している優秀な第1ヴァイオリンのダリボル・カルヴァイ、もうひとり第2ヴァイオリンのマルティナ・バチョヴァー、2人ともソリストとして活躍しており楽団に所属していないので、こういう機会にホルン音楽と触れるというのは、なかなかいいことではないかと思います。数年前から非常に仲良くしているのですが、いつも「あなたのせいで、私たちはチェコで一番ホルン音楽をよく知っているヴァイオリニストだ」と2人にからかわれます。
常に新しいことをやりたい。自分の楽器の範囲外のものをやり、枠を超える、というのは私の大きな狙いでもあります。
実は約15年前このようなアンサンブルを組んだのですが、当時はこれを発展させていくことはあまり考えていませんでした。のちにドイツに行って子どもも生まれ、アンサンブルのための時間がほとんどなかった時代があったのですが、ベルリン・フィルをやめてから、やはり自分にとってこのアンサンブルは何より大事だとはじめて実感したのです。ですからこのアンサンブルは自分にとって不可欠で、自分の人生に非常に重要な部分を占めています。仲のいい気心の知れた人たちと一緒に演奏できることは何よりも大事ですね。真剣にレパートリーを考え始めて5、6年前、その延長上に、この度のモーツァルト・プロジェクトがあります。おそらく将来、私にとってこのようなアンサンブルは何よりも大事なものになるのではないかとすら考えています。


プログラムの演奏順には何か意図はありますか。

161126_Mozart2_interview_3.jpg今回は3つの協奏曲と五重奏曲がありますが、恐れていたのは、ほぼすべての曲が変ホ長調で、コントラストがなくなることですね。ですから二長調の第1番を楽章を分けて間に入れたのです。この第1番は、実はモーツァルトが亡くなった後に、出版社が書きかけの未完成の第1楽章をとって、そこに全く違うところから取ってきた第2楽章を、同じ二長調という理由だけで、組み合わせました。それをジュスマイヤーが完成したわけです。ですから、今回は、二長調の第1楽章と第2楽章を切り離して、変ホ長調の間に入れました。もう一つ言っておきたいのは、今私たちはモーツァルトの作品はすべて完成したものと思いがちですが、必ずしもそうでないということ、協奏曲によっては、このように人工的に組み合わされたこともあるということです。今のところ、モーツァルトには8つくらいのホルン協奏曲があったのではないかと思うのですが、8つの中で未完成のもの、失われたもの、今どこにあるか分からないもの、もしかしたら今どこかで資料館でまだ眠っているものがあるかもしれません。ですからモーツァルトは永遠ですね。


最後になりますが、子どもたちに、管楽器を(楽しく)練習するコツがあれば?

一言では不可能ですが、どうしても師弟関係があって、生徒は先生に恵まれたらうまくいくし、先生は生徒に恵まれたらうまくいくわけですね。生徒に出来不出来はありますが、それでも音楽を好きでいてくれたら、私はそれでいいと思います。そこで大事なのは、健全な理性であって、やはり人間なので、やりすぎるのも良くない。私がよく思い出すのは、イタリアのとあるホルン奏者が、生徒たちが切羽詰まった時、これからどうしようと生徒が悩んだ時に言っていたというアドヴァイス「落ち着いて、深呼吸しなさい」です。実は彼はオウムを飼っていて、そういう雰囲気を感じた時、オウムも「オチツイテ!」「シンコキュウ!」と繰り返すそうですよ(笑)。私たちはやはり人間なので、落ち着くこと、深呼吸すること、ですね。



指揮活動も始めたバボラークさん。指揮者としてのリハーサルに続いて行われたインタビューの後に、「指揮やインタビューでしゃべるのは疲れるね。やっぱり、ホルンを吹いているのが一番楽だよ」と苦笑い。ホルンを吹くために生まれてきたかのような天才が「全曲吹くのは全然難しくない」(!)と語るモーツァルト。どうぞお聴き逃しなく。

(聞き手:田中玲子 通訳:ペトル・ホリー)