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トリトン・アーツ・ネットワーク

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アーティスト・インタビュー

(C)Ariga Terasawa

村治佳織 ギター・リサイタル

ごほうびクラシック 第1回

 在宅ワークに家事に子育て……長引くコロナ禍で心身ともにストレスを溜めている方も多いのではないでしょうか。そんな我慢の多い毎日をがんばっている自分にごほうびを、というコンセプトでスタートするのが、第一生命ホールの新シリーズ「ごほうびクラシック」。ゴールデンウィーク中に開催される第1回公演には、ギタリストの村治佳織さんが登場。昼と夜、それぞれ別プログラムで60分のリサイタルを行ないます。
 村治さんにプログラムの聴きどころや、日々のリフレッシュ方法について、お話を伺いました。

[聞き手・文/原典子(音楽ライター)]

今回は、クラシックでは珍しい昼夜2回公演ですが、演奏家にとっては大変ではないですか?

村治:歌舞伎やミュージカルなどではありますよね。私も演劇の舞台に出させていただいたときなどに何度か経験しましたが、クラシックでははじめてです。とはいえ、ヘトヘトになるということはたぶんないと思います。ライヴという場では、お客さまからもエネルギーをいただきますから。

昼と夜でまったく異なるプログラムになっていますが、どのようなイメージでお考えになったのですか?

村治:14時からの昼の部は、ゆったり穏やかな気分で聴けるような曲を選びました。コンサートが終わっても1日はまだ続いていくので、夕方からもうひとがんばりしようと思っていただけたら。18時からの夜の部は、「皆さんおつかれさま! 明日のことは考えないで、今この瞬間を楽しんで」という気持ちで、誰にとっても親しみのあるメロディを並べました。

昼の部は、《愛はきらめきの中に》からはじまります。もとはビー・ジーズの曲ですが、佐藤弘和さんの編曲で、バッハの《無伴奏チェロ組曲》第1番のプレリュードが織り込まれていて美しいですね。

村治:佐藤弘和さんの名編曲ですよね。ここ数年、コンサートではこの曲をオープニングにしていて、最新のベスト・アルバム『ミュージック・ギフト・トゥ』でも1曲目に入れました。私にとって名刺がわりの曲であり、ウェルカムミュージックです。

20220504Gohoubi_IMG_3780.jpg中盤には村治さんが作曲された《エターナル・ファンタジア-薬師寺にて》が入っていますが、これはどういった曲ですか?

村治:もとは奈良の薬師寺の奉納公演で演奏する予定だったのですが、コロナ禍で延期になってしまいました。薬師寺は人々の病気を治す、心と身体を癒すという目的で建てられたお寺ですので、「ごほうびクラシック」のコンセプトにぴったりですよね。トレモロという奏法を使って、広い空間と、悠久のときが流れるような、大陸的なおおらかさを表現しています。

続いてブローウェルの《舞踏礼賛》、ロドリーゴの《祈祷と舞踊》で神秘的な世界へと入っていきます。

村治:ふたりとも私にとっては本当に大きな存在、ずっとリスペクトしている作曲家です。キューバ生まれのブローウェルさんの作品は民族的な踊りのリズムが特徴的ですが、ご本人はサルサよりもベートーヴェンに惹かれていたそうで、哲学的な思想や深い精神性がその根底に流れています。《舞踏礼賛》を聴いて土着的な儀式のイメージ、ストラヴィンスキーの《春の祭典》に通じるものを感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。一方ロドリーゴさんの作品には、同じスペインの作曲家であるファリャの影響を感じます。

そして夜の部は、かの有名な《愛のロマンス》からスタートします。

村治:開演時間に遅刻したら大変(笑)。この曲には、自分で作った1分程度の前奏をつけて演奏しています。ご存じのように映画『禁じられた遊び』のテーマ曲ですが、そこで描かれている空を戦闘機が飛ぶような不穏な感じからはじまり、《愛のロマンス》へのオマージュとして美しいメロディを奏で、そしてあの有名なフレーズに入っていくという。

20220504MurajiKaori.jpg中盤はベスト・アルバム『ミュージック・ギフト・トゥ』からの名曲《ムーン・リバー》《イエスタディ》《ミュージカル「キャッツ」からメモリー》などが並びます。

村治:新たに録音した《メモリー》以外は、これまで録音してきたアルバムから選曲したベスト・アルバムなのですが、昔の録音だと思わずに聴いてくださっている方が多いようです。そのとき、そのときで一所懸命やってきたことが積み重なっての「今」なんだなあって、つくづく思います。このアルバムを大切な人への贈り物にしていただけたらと思い、アルバム・ジャケットの『ミュージック・ギフト・トゥ』のあとにはスペースを入れてあるんですよ。そこにプレゼントする人のお名前を書いて渡していただけたらと。

それは素敵なアイデア! 「ごほうびクラシック」も自分自身や、大切な人へのプレゼントにしていただきたいですね。村治さんにとって「自分へのごほうび」って、どんなものですか?

村治:30歳のとき、パリのエルメス本店でバッグを買ったのが自分へのごほうびでしたね。20代のはじめに留学していたパリから帰国、しばらく日本で活動したのち、20代の終わりからスペインと日本を行き来する生活をしていた頃でした。このあたりでひとつ、がんばっている自分にごほうびをあげてもいいかなと思って。楽譜が入るサイズで、チャックもついている茶色のバッグで、今でも愛用しています。

コロナ禍で海外にもなかなか行けなくなってしまいましたが、最近のリフレッシュ方法は?

村治:旅が本当に好きなので、コロナ禍でもコンサート会場へ移動するときに飛行機や新幹線に乗ることができて嬉しかったです。それが自分へのごほうびでした。今では物よりも、そういった体験がごほうびになることが多いですね。つい先日は、ギタリストのSUGIZOさんにお呼びいただいて、LUNA SEAのライヴに行ってきたんですよ。爆音ではない、美しいロックでした。

ロックでストレス発散もいいですが、村治さんのリサイタルでは繊細で親密な、ギターの「生の音」を浴びることができるのも魅力です。

村治:ギターは、同じ弦楽器のヴァイオリンやチェロのように弓がずっと弦に触れているわけではなく、弦に触れるテンションは一瞬で、あとは弦の響きに委ねる楽器。つまり弛緩している時間が長いので、張りつめた緊張感よりも、緩ませていく感覚が強いのではないかと思います。

たしかにギターの音色を聴くと、身体の力がふっと抜けるような感覚になります。まさに心も身体もリラックス! 楽しみにしています。