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トリトン・アーツ・ネットワーク

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アーティスト・インタビュー

(C)大窪道治

トリトン晴れた海のオーケストラ 矢部達哉(コンサートマスター)& 高橋敦(首席トランペット奏者)

晴れオケ「第九」インタビュー その2

<トリトン晴れた海のオーケストラ>が2018年から積み上げて来た、指揮者なしの演奏による「ベートーヴェン・チクルス」。その最後の頂きとも言えるのが「交響曲第9番」である。昨年予定の公演は新型コロナウイルスの流行によりかなわず、ようやくこの11月27日に開催されることになった。演奏に参加する矢部達哉(コンサートマスター)と、高橋敦(首席トランペット奏者)のお二人に、この公演にかける想いを伺った。

[聞き手/文:片桐卓也(音楽ライター)]

インタビュー その1 はこちら

指揮者なしの演奏による「第九」

もうひとつの注目点は、今回の「第九」が指揮者なしで演奏されるという点です。

矢部:「第九」って、指揮者が優秀であればあるほど、みんなが指揮者を見て、うまく演奏出来てしまうというところがあるのですね。特に第4楽章はコーラスもソリストもオケも指揮者を必要としている。でも、僕たちのオーケストラは人数も少ないし、合唱の数も限られていて、どこまで室内楽として出来るかということを目指したいと思っています。室内楽というのは、人数が少ない、音量が少ないということではなくて、指揮者がタクトに込めた音の迫力を、僕たちは、演奏者みんなの呼吸、その気配を感じることで表現しようということです。演奏者お互いが察知して、そこで合った音というのは、音の有機性が違う、と思うのです。

 今回は指揮者なしなので、オケも合唱もソリストも、とてもハードルが高い。そこで、なにを拠り所に合わせて行くのか、といえば、お互いに心がひとつになっていることです。それはお互いの気配、呼吸、音楽の流れも意識しないとできないので、それを通して「晴れオケ」のメンバーを導いていけるかが僕の勝負です。アクロバティックなことにチャレンジする意図はなくて、どれだけ演奏が有機的に出来るか。オケと歌のソリスト、打楽器の人たち(「第九」ではティンパニ以外の打楽器も入る)も、その中で、ひとつの方向に向かって出来るのかどうか、が僕にとっては一番大事です。

高橋:普段、指揮者に頼って演奏している部分はあります。他の楽器のことを知らなくてもアンサンブルできる。でも、指揮者がいないときは、他の楽器のこととかをよく知る必要が出て来る。それが自分にとってはチャレンジだと思うのですけれど、より、深く曲に触れることが出来るかもしれないという想いもありますね。

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 実は「第九」は、指揮者がいても難しいのです、本当に。第4楽章の頭なんて、なかなかアンサンブルが上手く行かない。プロのオーケストラなら毎年演奏しますから、慣れてはいますけれど、たとえば若い演奏家の集まったオケなどで、初めて「第九」をやる時に、演奏家を指導するのは大変です。速いアウフタクトの3拍子で始まり、木管楽器はメロディをやっていますが、我々金管楽器は出す音が限られているし、いろんなリズムが出て来る。聴いていると遅れてしまうし、指揮に合わせれば良いのかと言ったら、指揮がどんどん先に行ってしまうこともある。休符で気を抜いたりしていると終わってしまったりする。本当に難しいところであるのですが、そういう意味ではいつも以上にアンサンブルのアンテナを張って、お互いを聴いて、テンポ感をみんなで共有するということが必要になりますね。本当に危険というか、第4楽章でもアウフタクトから違うテンポになるところとかもあるし、そういうところは矢部さんを中心にみんながクッと集まれるか、というのは、勝負になってくるでしょうね。

矢部:実は、その難しい第4楽章のあたりですが、第1ヴァイオリンは全然、弾いていないんですよね。合図をどうするのか、誰を聴けば良いか、誰に集中すれば良いか。そういうことを考えると食欲が無くなってきます(笑)。

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 僕たちはこれまで、第1~8番まではやっているので、「第九」でも、第1~3楽章までは、<僕らのベートーヴェン>というのは共有しているものがたくさんあると思うのです。でも、「第九」の第4楽章に関しては考えなければいけないこと、解決しなければいけないことはたくさんあると思いますね。そこはリハーサルでたっぷりと時間を使いたいところです。

オーケストラに加えて、ソリストと合唱も入ります。そのコラボレーションはどう考えていらっしゃいますか?

矢部:まずチェロとコントラバスのレチタティーヴォは、続く弦楽器の部分も含め、ソリストや合唱が入る前のリハーサルでやっておきたいと思っています。そして、コーラスの皆さんともソリストの皆さんとも、オケ合わせの前にお会いしたいと思っていますし、事前に打ち合わせをして、後はリハーサルで一緒に作って行くということでも良いかもしれないです。第1~3楽章もコーラス、ソリストの皆さんにはリハーサルを聴いて頂きたい。

 <晴れオケ>のスタイルがあるとしたら、それは一般的なオーケストラのものとは違うと思うし、それを、「ああ、こういう作り方なのか」と分かってくれるだけで、声の出し方も変わって来るのではと思っています。

合唱の人数は?

矢部:全部で24人となります。第一生命ホールの舞台に並ぶことを考えてみたら、それで一杯でした。もちろん東京混声合唱団のほうからも、24人は欲しいと言われています。

 以前に一度、指揮者なしで演奏した時にはコーラスが多過ぎて、弦楽器が聴こえにくいということもあったので、僕らの方できちんとバランスを考えて、ということも必要になると思います。

お話を聞いていると、リハーサルもすごく楽しみになってきますね。

矢部:リハーサルは2日間ですが、短い時間でやるスタイルで、本番で少し遊びの余地を残すというか、全部決めてしまわない部分もあるので、スリリングになるという要素もあります。全部決めない楽しみというのは大事だと思います。

高橋:指揮者がいない、室内管弦楽団であるところの魅力は即興性だと思うのです。本当に室内楽と同じように、ルールを決めてしまうのではなく、その時のソロを持っている演奏者の、その時の感情に寄り添って行くというところが、楽しいところでもあるので。

 「第九」に関しても、一から曲に慣れるという必要は無く、おそらく、みんな一度は演奏したことがある作品なので、2日間のリハーサルで、要所要所の決めごととか、ここだけはこうしましょう、全体的な雰囲気はこうしましょう、ということは2日間で出来ると思っています。

矢部:本当は、「第8番」から続けて出来れば良かったのだけれど、この前のコンサートで、小山実稚恵さんとベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」を演奏して、やっぱり本番ではないと出来ない対話があって、実稚恵さんの音とか表情に我々が反応して、僕らがやることに実稚恵さんが反応して、まさに室内楽としてのコンチェルトが出来ました。ベートーヴェンの作品の演奏を続けて来て、「第九」の前に途切れたのではなく、いったん、そういう経験を出来たのは良かった。「第九」にもつながる良いヒントを得たと思います。

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もし、最後に聴きに来て下さる方にメッセージがあれば、ひと言お願いします。

矢部:ひとつだけ言いたいのは、指揮者なしで「第九」を演奏することは、突拍子もないチャレンジではなく、室内楽としての「第九」というものを目指しているということです。指揮者なしでの「第九」はほとんど試みられることがないし、今回は、改めて初めてこの作品の楽譜を読んで取り組むというような気持ちで、ソリスト、コーラスの皆さんと演奏出来たら嬉しいです。

 指揮者なしで「第九」を演奏するのは、人生でそう何度もあることではないし、もしかしたら自分としても最後かなとも思うし、本当に機会としてはレアなのことなので、お客様がたくさん入れる状況になってくれていると良いなと思います。