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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

佐藤美枝子(ソプラノ)

佐藤美枝子&服部容子

室内楽ホールdeオペラ
佐藤美枝子の『蝶々夫人』

日本を代表するプリマドンナ佐藤美枝子による『蝶々夫人』ハイライトが、2021年3月20日に第一生命ホールで上演される。音楽監督・ピアノを務めるのは、コレペティトゥアとして数々のオペラ制作に関わってきた服部容子。ふたりに、この企画が生まれたきっかけや、オペラに対する思いなどを聞いた。
(取材・文 音楽評論家 室田尚子)

プッチーニの描いた音楽の真髄、歌の力を堪能する 佐藤美枝子のオペラ『蝶々夫人』ハイライト

プッチーニの代表作である『蝶々夫人』をピアノ伴奏でハイライト上演するという企画は、どんな風にして生まれたのでしょうか。

服部:佐藤美枝子さんは、みなさまご存知のように、数々の大舞台でタイトルロールを歌い活躍されているプリマドンナですが、私はコレペティトゥアやプロンプターとして舞台でご一緒する機会が多くありました。そんな中で、佐藤さんとは、オペラとのつきあい方というか、オペラと関わっていく際の意識の持ち方に共通点があると感じるようになりました。それは、「作曲家が書いた音楽を大切にしたい」ということです。

佐藤:オペラは各ジャンルのプロフェッショナルが多数集まってつくり上げる芸術ですが、大きなプロダクションになればなるほど全体の一体感がより大切になると思っています。そういうオペラへの向き合い方が服部さんとは共通しています。また、私は歌手として、普段から孤独に切磋琢磨して向き合ってきたものを、舞台という大人数の大きな空間にどう融合させていくのかを常に考えてきました。歌手とスタッフ、時にはお客様までもが一体となってひとつのものを作り上げること。その目標を強く意識したとき、同じ思いが共有できる少人数の仲間とオペラをつくるのはどうか、という話になりました。

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服部:当初、小さい規模で、より多くの人にオペラを届けるためには登場人物の少ない作品を取り上げるのはどうか、と思っていたんですが、そうした作品はマニアックなものが多い。むしろオーソドックスなものをハイライトでという案が浮上し、そこから『蝶々夫人』という企画が生まれました。

佐藤美枝子さんといえば、これまでソプラノ・レッジェーロとしてベルカント・オペラを中心に歌ってこられましたが、『蝶々夫人』は初挑戦だそうですね。

佐藤:私の声帯は小さいけれど厚みがあるので、若い頃から、中音域が出るコロラトゥーラでした。それが歳を重ねるにつれて、さらに中間の声の厚みが増してきた。そこで、高い声は保ちつつもレパートリーを拡大していくことが重要だと考えた時頭に浮かんだのが、師匠の松本美和子先生が歌う蝶々さんだったんです。確かに、『蝶々夫人』のオーケストラは分厚く響きが芳醇なので、それに合うように従来は太めの声で歌われることが多かったわけですが、実はそれほど重くない声で可憐に歌われてこそ、15歳という蝶々さんの年齢や性格がきちんと表現できるのではないか、と思ったんですね。

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佐藤さんご自身も、レッジェーロからリリコへと、レパートリーを少しずつ広げてきていらっしゃいます。

佐藤:実はそれに目覚めたきっかけは、2018年に歌った『夕鶴』なんです。つうは私の持っている声よりも少し重い声を求められていると思っていたので、以前声をかけていただいた時にはお断りしています。でも、この時思い切って挑戦してみて、中間音をお聴かせすることに手応えを感じました。そこで、レパートリーを広げていくためにどんな役がいいかと考えた時、バタフライかな、と。私もこの年齢になったので、松本美和子先生をお手本にして"可憐で、可愛らしく、そして芯の強い蝶々さん"を演じてみようと決意しました。

この企画は、当初は大和市文化創造拠点シリウスでも行われる予定でしたが、コロナ禍のために内容が代わり、今回の第一生命ホール公演はある意味"リベンジ"になりますね。

服部:基本的なスタイルは当初の予定通りです。中村敬一さんに演出をお願いし、全体は休憩込みで2時間ほどのボリュームになります。また、文学座所属の俳優・山本郁子さんにナレーションで語っていただき、初めて『蝶々夫人』を観る方にもストーリーがわかりやすいようにしてあります。もちろん、劇場であるシリウスさんとは違い第一生命ホールさんは室内楽ホールですから、装置なり照明なりの作りは空間にあった工夫をする予定です。

佐藤:第一生命ホールさんではリサイタルを行なった経験がありますが、どんな声でもとてもよく響くという印象です。ステージから見る客席の雰囲気というのはホールによって違うんですが、第一生命ホールはいい意味での緊張感があるのも特徴です。全体的に木のぬくもりが暖かい印象を与えるホールで、お客様にはリラックスして音楽を楽しんでいただけると思います。

服部:共演者は、「歌の力でドラマを演じる」というコンセプトに共感してくれ、かつその力のある方たちに集まっていただきました。ピンカートンに井ノ上了吏さん、スズキに与田朝子さん、シャープレスに久保田真澄さんと、『蝶々夫人』という演目を知り尽くした方々です。

佐藤:『蝶々夫人』については、私がいちばんの新参者です(笑)

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『蝶々夫人』という作品がこれほど世界中で愛されている理由は、どんなところにあるとお考えでしょうか。

服部:やはりプッチーニが書いた音楽ですよね。彼は「劇場を知り尽くした男」です。オーケストラの編成は大きいですが、決して声をかき消すような響きになっていない。そのバランスが素晴らしいんです。音楽がドラマに沿っているので、演奏する方としてはそこに乗っていくようにすることが重要です。

先ほど服部さんは「作曲家が書いた音楽を大切にしたい」とおっしゃいましたが、私も「音楽の中にすべてが表現されている」というのがオペラの根本だと思っています。今、コロナ禍で劇場公演はたいへんですが、逆にその根本を知らしめるようなミニマムなスタイルでオペラを上演できるチャンスでもあると思うんです。今回の『蝶々夫人』ハイライトが、そういう上演の好例になるのではないかと期待しています。

佐藤:例えば仮に字幕*がなかったとしても、歌で、声で、声の色で情景が見える、それが本来のオペラのかたちです。ともすると様々な演出上の工夫が話題になったりしますが、本質的な部分以外のものに目を向けるのではなく、オペラの真髄が問われなければいけない。そして、私たち、芸術を志している者はそこを求めていかなければなりません。コロナ禍の中で、図らずもそうした、オペラに対する価値観が問われているのだと思います。

*本公演は字幕付で上演いたします。