活動動画 公開中!

トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
Menu

アーティスト・インタビュー

今井信子 吉野直子

音楽のある週末 第9回
ジャック・ズーン&今井信子&吉野直子
フルート&ヴィオラ&ハープ・トリオ

12月11日、第一生命ホールで、フルートのジャック・ズーン、ヴィオラの今井信子、ハープの吉野直子によるトリオが実現します。国際的に活躍する3人ですが、ヴィオラの今井信子さん、ハープの吉野直子さんが日本にいたタイミングで、おふたりにお話を伺いました。

この3つの楽器の組み合わせは、3人ともが自然に無理せず弾けて、それぞれの良さが出る編成だと思います。

今井さんは、第一生命ホールで演奏していただくのは初めてですね。吉野さんには何度もご出演いただいています。
今井:(日比谷にあった旧第一生命ホールには)小さい頃に出演したことがあります。当時の第一生命ホールといえばすばらしくて、そこで弾けるというのは大変なことだったのですよ。今の第一生命ホールは場所も移ったのですね。
吉野:私は、旧第一生命ホールには一回だけ、指揮者の小澤征爾さんが奥志賀でやっている「森のオーケストラ」のソリストとして演奏したことがあります。晴海の新しい第一生命ホールには、高校生たちと作る「ティーンエイジャーコンサート」を始め、色々なシリーズに出演しています。
今回のプログラムは、武満徹とドビュッシーのトリオが核になっています。武満徹「そして、それが風であることを知った」は今井さんと吉野さん、そしてフルートのオーレル・ニコレさんによって、1992年に初演されました。初演の時、武満さんからは何かお言葉はあったのでしょうか。
今井:あまり多くはおっしゃらず、「やりたいようにどうぞ」とだけ。でも何かの時に「ここはどのように、どのくらい待ったらいいでしょうか」と聞いたら「それは待ちたいだけ待ってよくて、自分の中にそういう気持ちさえあればいくらでも待てるものだ」とおっしゃったのをよく覚えています。つまり、沈黙の時間も音楽のひとつであり、つながっているということですね。それから(譜面の)縦の線もあわなくていいと。結局、西洋音楽と東洋音楽との違いだと思いますが。

吉野:特にこの曲は、弾く場所の響きによって、待つタイミングが全く変わります。
今井:3人で弾きたいように弾いていい、縦の線を聴いてなくていいと、そういう風に書かれている個所もあるのです。
吉野:曲の出だし1ページ分がハープのソロで、それで曲の雰囲気ができあがってしまうので怖いですね。タイトルが、ディキンソンの詩からの一節「そして、それが風であることを知った」であり、武満さんがおっしゃったのは、「教会の鐘、カリヨンが鳴って、風に乗って聴こえてくるように」ということ。風がふわっと吹いて始まる感じです。譜面に「ドビュッシーのトリオから引用」と1か所書いてあるところもあります。

今井:武満さんの音楽は、ドビュッシーのようであり、東洋的でもある。「僕の音楽の先生はドビュッシー」といつもおっしゃっていました。でもドビュッシーとはずいぶん違うと思いますね。
吉野:武満さんの音楽は、より繊細ですね。
今井:創られた時代の色がなく、普遍的です。
吉野:世界でも多く演奏されていますし、これからも間違いなく残っていく作品だと思います。
2009年ミラノで行われた現代音楽祭「ミラノ・ムジカ」での三人の共演はどのように決まったのでしょうか。やはり初演のお二人に「そして、それが風であることを知った」を演奏してもらいたいということでしょうか。
今井:それが大きかったと思います。その時、フルートは誰と演奏したいかと聞かれまして、「同じ学校で教えているジャック・ズーンさんとやってみたい」と言いました。
初演でニコレさんと演奏して、今回ズーンさんと演奏して、印象はやはり違うものですか。
今井:ニコレさんは、音楽家としてももちろん、人間としてもすばらしい方です。3人で、スイスでレコーディングもしましたので思い出がたくさんあります。でもこの作品は、3人のうちの1人が替わると、やはりすごく変わりますね。ジャックはミラノで初共演だったのですが、すっと音楽に入っていける人。本当の音楽家ですね。こういういい音楽家に出会うと私もうれしくて舞い上がってしまいます。どんなパッセージでも音楽を生きたものとする、天性のものを持っていて、フルートを吹いているということを忘れさせるのです。まるで歌を歌っているようです。ものすごくパワフルだし、隣で演奏しているとそれに引きずりこまれてしまいそう。
吉野:自由自在。それに自然。
今井:その時、その場で音楽が生まれたという感じ。
吉野:その通りですね。いつも音楽が生きているというか......。常に色々なアイディアがありますね。
今井:彼はもともとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団にいて、それからボストン交響楽団と、とにかく世界で一番いいポストを歴任して、家族と過ごす時間のためにさっとやめてしまいました。どのオーケストラに行っても喜んで迎えられると思いますが、彼にとってはそうした地位は関係ないんでしょうね。
このフルート、ヴィオラ、ハープという編成についての魅力を。
今井:ものすごくソリスティックな要素を持った3人が集まるからおもしろい。同じ室内楽でも弦楽四重奏などとは全然違いますよね。個性が浮き出るように弾かないとだめだし、そういう風に書かれている曲です。三人(トリオ)というのは、そういうグループなのです。1人違うと全然違う。
吉野:確かにそうですね。ハープは、ピアノと同じで、ある意味、自分の楽器だけで音楽を完結できてしまうのですが、だからこそ他の方とできる室内楽は本当に好きです。そのハープにとって、室内楽の中ではこのドビュッシーはメインの曲。これがあるおかげでこうして武満さんの曲も生まれたし、すばらしい音楽家との出会いもあります。もしかしたら、私にとっては、ドビュッシーのソナタは室内楽の中で一番演奏している曲かもしれません。この3つの楽器の組み合わせは、3人ともが自然に無理せず弾けて、それぞれの良さが出る編成だと思います。
それぞれの愛器について伺いたいのですが。今井さんのヴィオラはグァルネリですね。
今井:これはあまり世界に数はないのです。グァルネリ・ファミリーの中でも有名なデル・デュスはヴィオラは作っておらず、アンドレア・グァルネリという人だけが作っていて、これが世界に4つか5つしかないのです。そういう意味で歴史に残る楽器なので、私が弾けるのはありがたいことなのですけど、なにしろすばらしいコンディションで、傷ひとつないのです。人間の体のように非常に優しく美しくなだらかなラインで膨らみがあり、素晴らしい。300年以上前のもので、色もアンティークの家具のようです。もう20年以上弾いています。
吉野さんのハープは?
吉野 :3台持っているのですが、今回は、今一番主に使っている楽器を使おうと思っています。弦楽器と違って、基本はピアノと一緒で消耗品です。この楽器はもう約20年使っています。もう1つの楽器はイスラエル・コンクール優勝の賞品でしたから約25年です。結構あちらこちら運んだりしますから、ハープ奏者の友達も2、3台持っている人が多いですね。3台とも全く音も性格も違うので、曲や場所も考えて弾く楽器を選びます。すねるので、なるべくどれも弾くようにはしています(笑)。
お互いをご紹介ください。
今井:初めて共演したのは吉野さんが17歳の時で、とてもかわいらしかったことを覚えています。花が開花していく様子をずっと見てきた感じだし、今ご自分の世界に入っていくのをすばらしいと喜んでおります。共演するたびに、彼女がどんどん変わっていくのが分かるので、本当に頼もしいなと思います。
吉野:音楽をやっていてすばらしいのは、今井さんにしてもニコレさんにしても、年齢に関係なくこうしてご一緒に演奏できるということ。弾いている間は、年上かどうかは関係ないですから。今井さんは、常にポジティブなエネルギーをお持ちで、人生を楽しんでいらっしゃる。ヴィオラが大好きで、ヴィオラの世界を広げようと常に思われていて、私はいつも元気とインスピレーションをいただいています。自分もそういう風に齢を重ねていけたらと思う憧れの存在です。
********
「とにかくジャックは型にはまらない。その音楽の楽しさも計り知れない。」
90年代後半、ベルリンフィルで活躍するエマニュエル・パユの人気が急上昇。なにしろすごい腕前の持ち主でなおかつ超美男子!「新しいフルート界のカリスマ」に皆が大騒ぎとなったのだ。
実は同じ頃、その実力でフルーティストやクラシック愛好家をうならせていたフルート吹きがもう一人いたのである。しかしその笛吹きはなにやらものすごい変わり者だという噂で(あくまで噂である)最新の金属のフルートは吹かず、わざわざ100年近くも前に作られた木のフルートを吹くとのこと。しかも写真を見るとターバンのような帽子に、派手なベスト。失礼な話だがその姿は「ヒッピー」のようにも見えると言われても仕方がないだろう。でもどうか誤解しないでほしい。金のフルートが似合う二枚目のパユとはあまりにも対照的なのだが、このフルーティストがめちゃくちゃ格好良かったのだ。その男こそジャック・ゾーン(ズーン)である。
それ以前、コンセルトヘボウ管弦楽団に在籍していたジャックは名手として知る人ぞ知る存在であった。木管フルートを吹くフルーティストというだけでも珍しかったあの頃だがそれだけでは終わらない。ジャックは「自分のフルートの吹き込む部分を自分で削る」という特異なフルーティストとしても知られていたのだ。わかりにくいかも知れないが、この行為は一歩間違えるとフルートが使い物にならなくなるほど恐ろしいことで、フルートを吹く人間から見たら間違いなく「奇行」なのだ。もうわかっていただけただろうか?何故彼が変わり者だと噂されたかが(あくまで噂である!)。
人は見かけによるのであろうか。とにかくジャックは型にはまらない。その音楽の楽しさも計り知れない。来日時にあるパーティに参加した彼は、「俺に吹かせろ!」とばかりに出演者を押しのけステージを占拠。即興でノリノリのジャズをこれでもかとばかりに披露し、パーティ会場を喝采の渦に巻き込んだと記憶している。
小澤征爾氏もジャックをとても気にいっていたらしく、猛烈なオファーでゾーンをボストン交響楽団に招き、ジャックは長らく空席だったボストン交響楽団の首席奏者を務めた。日本でもCD数枚が発売されるフィーバーとなり、パユに勝るとも劣らぬ注目を浴びたのだ。
現在、ジュネーブ音楽院で教鞭をとる正統派フルーティストとしての側面もジャックの素顔である。どんなレッスンをしているのか興味深い。いまや世界中のフルーティストが彼の弟子になりたがっているのだ。
ジャックを見たいなら、12月11日に第一生命ホールで行われる「ジャック・ズーン&今井信子&吉野直子」によるトリオは外せない。木のフルートを吹く、めちゃくちゃ格好いい男と美女たちによる室内楽が堪能できるはずだ。
山野楽器本店管楽器フロア 細村俊夫