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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

田中信昭

田中信昭 エクソンモービル音楽賞受賞記念
東京混声合唱団特別演奏会

新しいものの中からいいものが残る。 それが日本の音楽文化、財産になるわけです。

エクソンモービル音楽賞受賞、また東京混声合唱団(以下、東混)創立55周年おめでとうございます。

田中:創立の時に3つ目標を立てました。まずは、楽しい演奏会をやろうということ。そして日本の合唱曲の新作を委嘱してレパートリーにすること。3つ目に、日本で職業合唱団として成立させること。新しい合唱曲は、先端の作品になるわけですから、理解されにくいこともあるでしょう。初演した曲の中には、かつては難しいと思われたが今では皆が楽しんで歌うようになったものもあります。新しいものの中からいいものが残る。それが日本の音楽文化、財産になるわけです。

東混さんの歴史が、そのまま日本の合唱界の歴史に重なるかのようですね。

田中:今回演奏する、「さくら」「五つの日本民謡」「萬歳流し」もそうした委嘱から生まれた曲です。「さくら」は、武満徹さんに日本の民謡を編曲してくれないかとお願いしたら、「古謡だったら」と書いてくれたものです。彼が我々の「さくら」の演奏を聴いた後に「若い時に書きためた曲を合唱曲に編曲するから演奏してくれる? プレゼントするよ」とおっしゃって、定期演奏会の度に曲を書いてくれるようになりました。
「五つの日本民謡」は、同じように三善晃さんに民謡を編曲してほしいと書いていただいたものです。現地の人が歌っている民謡のテープを三善さんが聴いて、そのまま楽譜に書き起こしたものを基にして作曲されたのです。これはもう編曲ではなく作曲です。

柴田南雄作曲の「萬歳流し」は、漫才のルーツである伝統芸能「萬歳(まんざい)」を題材にした作品で、大変楽しみです。実際に男声2人組のペアが客席に降りて萬歳を歌うという作品ですね。

田中:日本の伝統音楽を深く研究していらした柴田さんが、途絶えかけた日本の伝統芸能「横手萬歳」を、現代の合唱団が歌えるようによみがえらせてくださったものです。初演の時に、横手萬歳の最後の継承者であるお二人に実際に出演していただいて、客席に降りてお客さんの前で演奏していたところ、あるお客さんが立ち上がってお金を紙に包んでくれたのです。それを見た人があちこちでおひねりをくれ始めて、以後この作品を演奏する時はそれが慣習になっています。ですから、横手萬歳のお二人は亡くなりましたが、この作品の中で芸を伝承しているといえます。今回も8組の萬歳が舞台から客席に降りていき演奏します。あちらで拍手が起こったりこちらで歓声が起こったり、そういうことも含めての演奏であり、作品なのです。

プログラムの前半は、海外の作品ですね。 

田中:創立間もない、日本の作品がまだないころ、我々がヨーロッパの合唱について勉強するために歌ったものです。14世紀のカノン「夏は来たりぬ」は、皆川達夫先生(音楽学・合唱指揮)が、大英博物館の記録から直接記譜してこられたものをそのまま使って演奏します。ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア」やジャヌカン「鳥の歌」、モンテヴェルディ「ほら、波がささやいて」などは、ルネサンスの代表的な作曲家たちによるすばらしい作品。「外国にはこんなにいい曲があるが、私たちはどうする?」という、当時の東混のメッセージのつもりでした。
山田耕筰の「赤とんぼ」、本居長世「汽車ポッポ」は、創立の第1回定期演奏会で歌った思い出の曲です。「汽車ポッポ」はいつも演奏会のアンコールで歌う、楽しい楽しい曲。
このプログラムは、団員の方から、私と演奏したいということで出てきた曲からなっています。

第一生命ホールとの思い出

田中:創立の時に、第一生命の当時の社長、矢野一郎さんが私たちの活動を見て、「うちのホールでやったらどう?」と言ってくださって、第3回定期演奏会から、日比谷にあった旧第一生命ホールを使わせてもらいました。東混の後援会も作っていただき、生まれたばかりの東混は、旧第一生命ホールに育てていただいたと言っても過言ではありません。新しい第一生命ホールのオープニングでも演奏しましたし、今回この記念演奏会を新第一生命ホール10周年の年にできるのは因縁が深いですね。ホールも合唱にちょうどよい大きさで、東混メンバーもここで歌うのが大好きです。