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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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レポート

基本情報

日時 2021年3月1日(月)
①9:40~10:25
②10:45~11:30
③11:35~12:20
出演 弦楽四重奏[松原勝也/保手浜朋子(ヴァイオリン)
重松 彩乃(ヴィオラ) 広瀬直人(チェロ)]
概要 実施会場:京橋築地小学校音楽室
対象者:小学4年生2クラス、5年生1クラス
人数:61名
助成等:文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)
    独立行政法人日本芸術文化振興会

レポート

【プログラム】

♪ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第7番 へ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」より
第1楽章 アレグロ


【レポート】

いつもは音楽室で実施している中央小学校のアウトリーチですが、今年は、コロナ対策もあり、体育館での実施となりました。

先生に紹介され、アウトリーチセミナーの講師である松原勝也さんと受講生の3人が拍手で登場すると、まずは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲「ラズモフスキー第1番」の冒頭を弾き始めます。切りのいいところまで演奏すると、「こんにちは」とご挨拶、続けてヴァイオリンの松原さん保手浜さんが2人でいっしょに短く演奏して自己紹介します。「ヴァイオリンが2つありますがなぜでしょう?」と聞くと、「アルトとソプラノ?」「主旋律とそうじゃないの」など、最初からなかなか鋭い子どもたち。「そうですね、同じ楽器ですが、違うパートを演奏しています。」と説明すると、今度はヴィオラの重松さんとチェロ広瀬さんが二人で演奏して自己紹介。実はそれぞれ2つの楽器が自己紹介で演奏したのも、「ラズモフスキー第1番」第1楽章の一部で、今回のアウトリーチでは、この曲の様々な部分を(そうとは言わず)演奏しながら、様々な聞き方を紹介していきます。

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ヴァイオリン2本に続いて、ヴィオラとチェロの二重奏、それが4つに合わさったところまで聴いたところで、今度はまたこの曲の別の部分を、チェロから順番に1つずつ演奏します。それぞれ聴くと不思議な感じですが、それを4人一緒に弾いてみると、素敵な曲になることがわかります。次はチェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと、順番に長く伸ばした音を重ねていき、楽器が3つそろったところでそのまま和声が動いていく様子を聴いてもらいます。子どもたちからは「最初は低かったけど、ヴィオラと第2ヴァイオリンが入って、光が差してくるみたいに明るくなった」「第2ヴァイオリンがヴィオラを追いかけていた」などの声も。そこに細かい音型で動く第1ヴァイオリンが入ると「立体化した感じがした」と言ってくれた子どもも。第1ヴァイオリンの松原さんは、「僕もそう思って弾いています。第1ヴァイオリンだけ違うことをやっているので、それが立体的になっている理由かな」と、子どもたちの声を聴いてその場で感じたことを語ってくれます。

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「今度は別のところを聴いてみましょう」と、また別の部分を演奏します。ここはフーガで構造が少し複雑なのですが、子どもたちは「第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが同じことをやっていた」「第2ヴァイオリンとヴィオラが同じに聞こえた」「かっこいい」「チェロが入って重みがあった」など発言してくれて、色々な気づきがあるようです。

今度は同じ個所を、1つの楽器に注目して聞いてみようと「どれか1つの楽器を選んで、その楽器を弾いたつもりになってもいいし、楽器になり切ってもいいよ」と提案すると、子どもたちは、食い入るように見つめて演奏を聴いていました。松原さんが「楽器の気持ちになって聞くことは、もしかすると僕たちと演奏したのと同じことかもしれないね。弾いていなくても弾いているのと同じ」と言うと、「ああ」という声も聞かれました。

次は同じ個所を、目を閉じて聞いてもらいました。「第2ヴァイオリンとヴィオラが同じに聞こえた」「ちょっとこわい感じ」などまた違った感想が出てきます。「ヴァイオリン以外のものを弾いている気がした」と言ってくれたお子さんには、松原さんが「時々弾いているとヴァイオリン以外のものになるんですよ」と答え、子どもたちからも「へえ」という声と笑いが起こります。

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ここまでは実は、11月に別の小学校で実施したアウトリーチとほぼ同じ流れでしたが、今回はまた違ったことに挑戦してみようと、リハーサルを重ねて、ここから大きくプログラムを変更してみました。変更のポイントは、曲のおもしろさを伝えるだけでなく、目の前で行うアウトリーチの意義として、その曲を演奏している演奏家自身がどんな人なのか、何を感じて演奏しているのか、知ってもらおうということ。
「これまで、みなさんがどう思ったか聞いてきましたが、今度は演奏している僕たちがどう思っているか、ちょっとお互いに聞いてみようと思います」と、まず「演奏している時はどんなことを考えているんですか?」と松原さんがチェロの広瀬さんに聞くと「実は、何も考えていないというか……例えば、50メートル走でゴールまで走る時、何も考えていなくて気がついたらゴールにいるみたいな、そんな感じです」と言うと、子どもたちも「なるほど」と思った様子。ヴィオラの重松さんにも聞いてみると「演奏している時はこの空間、今ならこの体育館、この空気がぎゅっとなって縮んだり、ふわーっとなって広がったりしているのを感じながら演奏しています」「じゃあ、その『ぎゅっ』とか、『ふわっ』てところを演奏して空間を変えてみよう」と演奏すると、なるほど、空間が伸びたり縮んだりしているような気がします。
保手浜さんが、「私たちが演奏する時、お互いが磁石みたいにくっついたり離れたりしていると思うことがあります」と言って、そこもまた演奏してみると、また少しだけ演奏家と同じことが感じられる気もしてきます。
松原さんが「アンサンブルって、みんなは一、二、三、って合わせると思っているかもしれないけど、僕から他の人に合わせて弾こうとはしていないんです」と言うと子供たちは「えー!?」
「例えば通学路を歩いているようなもので、同じ道を歩いても、毎日違うよね。天気も違うし、今日はここで友だちに会ったとか、花が咲いているのを見つけた、とか。でも毎日、自分の意志で歩いてるでしょ。それと同じで、あ、こんなことがあった、だからこうしよう、みたいな感じです」
広瀬さんが、「音楽は森のようなもの。その中で、チェロは大きな木の時もあるし、岩の時も、森の中を吹く風の時もあるような気がする」と言うと松原さんが「森、自然ということは、命かもしれない。音楽は生きものなのかもしれないですね」と応えて、音楽は生き物だと感じられるところも実際に弾いてみました。

こうして色々聴いてきたところで、最後に第1楽章を通して10分程度聞きました。子たちはみんな、途中で目を閉じたり、これまでのことを思い出しながら、集中して聴いていました。

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終わった後は音楽の先生と振り返りタイム。「「いつも授業の中では、鑑賞は2、3分の曲なのに、(「ラズモフスキー第1番」の第1楽章を)10分以上もこれだけしっかり聴くことができて奇跡です。淡々とお話していただいて、深い内容が子どもたちの心に伝わっていった、大切なことをたくさん教わったので、授業でも生かしていきたいと思います」と言っていただきました。

リハーサルを重ねながら、これでよいのか迷いも感じたという受講生3人でしたが、この日は5年生1回、4年生2クラス計3回と実施して、だんだんと子どもたちへ話が伝わる様子も実感でき、これでよかったんだなと腑に落ちた様子でした。

一見派手さや分かりやすさというものはなく、音楽の深いところ、本質を伝えてみようという、挑戦的なプログラムだったと思いますが、今年のセミナー受講生は、7月のオープンハウス、秋の京橋築地小アウトリーチ、今回の中央小アウトリーチと、その都度できたプログラムに甘んじることなく、コロナ禍での制限もある中、講師の松原さんの考える「より深く音楽の本質を伝えるにはどうしたらよいか」に向かい合って、リハーサルを重ねて新しいことに取り組むことができました。こうしたプログラムを本当に理解して受け入れて下さる音楽の先生がいらっしゃってこそ成り立つアウトリーチで、毎年受け入れてくださっている先生に改めて感謝したいと思います。

(トリトンアーツスタッフ)

プロフィール

松原勝也 ヴァイオリン  Matsubara Katsuya
東京藝術大学在学中に安宅賞受賞。ティボール・ヴァルガ国際コンクール、クライスラー国際コンクール等で上位入賞。第17回中島健蔵音楽賞、第55回文化庁芸術祭新人賞受賞。89~98年まで新日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターを務める。01年よりNPO法人トリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホール主催の若い演奏家のための弦楽セミナーをプロデュース。東京藝術大学音楽学部教授。
保手浜朋子 ヴァイオリン  Hotehama Tomoko
広島県出身。桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部卒業。同大学研究科、桐朋オーケストラ・アカデミー修了。第22回日本クラシック音楽コンクール第5位。2018年、鳥取大学室内管弦楽団と共演。これまでにヴァイオリンを正守佳代子、田中晶子、豊田弓乃、久保良治、双紙正哉の各氏に、室内楽を岩崎洸、惠藤久美子、漆原啓子、白尾彰、田中雅弘の各氏に師事。
重松彩乃 ヴィオラ  Shigematsu Ayano
若いヴァイオリニストのためのルイ・シュポア国際音楽コンクール(ドイツ) ファイナリスト、現代曲特別賞受賞。横浜国際音楽コンクール第一位。平成30年度(公財)青山音楽財団奨学生。これまでにヴァイオリンを寺岡有希子、窪田茂夫、ヴァシリィ・メルニコフ、松原勝也各氏に、バロックヴァイオリンを戸田薫氏に師事。 東京藝大附属音楽高校卒業。リュブリャナ大学音楽アカデミー、東京藝術大学音楽学部にて学ぶ。
広瀬直人 チェロ  Hirose Naoto
石川県金沢市出身。東京都立大学卒業。東京芸術大学別科チェロ専攻修了。これまでにチェロを北本秀樹、田中雅弘の各氏に室内楽を松原勝也、澤和樹、田中麗子、田中雅弘、北本秀樹の各氏に師事。第7回別府アルゲリッチ音楽祭に参加。第33、34、35回、霧島国際音楽祭マスタークラス修了。現在、ソロ、室内楽、オーケストラ等で活動の他、後進の指導にもあたる。ホームページ:https://naochan321.wixsite.com/mysite