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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

©Satoshi Oono

ウェールズ弦楽四重奏団

クァルテット・ウィークエンド2018-2019
ウェールズ弦楽四重奏団

シューベルト後期、最終回
ホールに溶けあう繊細で緻密なウェールズならではの響き!

いま日本で最も多忙なクァルテットといっても過言ではないウェールズ弦楽四重奏団。多くの演奏会や音楽祭への出演はもちろん、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲録音にも挑むなど精力的に活動を展開しています。そんな彼らは2016年より第一生命ホールでシューベルトの後期作品に取り組むシリーズを開始しました。今回でそれが最終回を迎えるということで、公演への意気込みや活動についてなど、いろいろなお話を伺いました。ちなみに筆者はウェールズ弦楽四重奏団とは同世代(さらにいうと、メンバーの一人、横溝さんとは中学時代の同級生!)。かなりざっくばらんな雰囲気でお話を伺えたので、その模様をぜひお楽しみ頂きたいと思います。
なお、今回は﨑谷直人さん(第1ヴァイオリン)がお仕事の関係で来れなかったため、三原久遠さん(第2ヴァイオリン)、横溝耕一さん(ヴィオラ)、富岡廉太郎さん(チェロ)の3名にお話を伺いました。


ウェールズ弦楽四重奏団とシューベルト

改めて、シューベルトの弦楽四重奏曲を演奏することの重要性について教えて頂けますか?

富岡「シューベルトの作品はベートーヴェンと並び、欠かせない名曲です。クァルテットをやるなら当然外せないと思います。バーゼル音楽院ではドイツ人のライナー・シュミット先生(ハーゲン弦楽四重奏団第2ヴァイオリン奏者)に習いましたが、彼の専門とするドイツ語圏の音楽ということもあり、第15番は特に長い期間厳しい指導を受けました」

例えばどのような?

富岡「やはりシューベルトは"歌"なので、歌うように弾く技術とか、フレーズの感じ方ですね」

三原「フレーズと言う意味だと、シューベルトは古典からロマンへの懸け橋と言われただけあって、作品の中にフレーズの長さなど、新しいことにチャレンジした作曲家です。それを理解して音楽にしていくことについてかなり学びました」

レッスンはシューベルトが中心だったのでしょうか?

富岡「そんなことはないです。ベートーヴェンやモーツァルト、ウェーベルンなどもやりました」

三原「習った曲数自体は決して多くはなかったですね。一つの作品を重点的にやる感じでした」

富岡「厳しいレッスンをモーツァルトではじめられたのがよかったと思います。日本だと、ハイドンが弦楽四重奏曲を確立したということもあって"基礎"と思われる傾向がありますが、ハイドンの作品は意外と"応用"って感じで変化球が多いんですよね。彼特有のものが多くて、アンサンブルというよりも、音楽の特殊さに触れていく...という感覚があるんです。その点、モーツァルトの方がハーモニーに素直で、強弱も"ドミナント(緊張)"→"トニック(解放)"が素直に表現されています。ベートーヴェンはそれと関係なく、トニックなのに意志が強い音があったり、ハーモニーでは語り切れないところがあります。そしてシューベルトは強弱とハーモニーが逆のようなところが結構あって...。モーツァルトから入ったおかげで、何が自然で、なにが不自然なのか、例えばシューベルトがいかに新しいことをしたのか、ということを、順を追って学ぶことができました」

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2010年、横溝さん以外のメンバーが留学した際、横溝さんは一度ウェールズを抜けていますが、その留学前からシューベルトは結構やっていたのでしょうか?

横溝「全然やってないよね。みんなが留学から戻ってきて、はじめて公式の場で一緒に演奏したときにやったのがシューベルトの第15番だったよね」

富岡「そうだね。留学して変わって帰ってきた僕らと久しぶりの横溝を馴染ませた曲がこの曲なんです」

横溝「そうそう(笑)」

じゃあ、すごく思い出深い曲ということですよね。

富岡「はい、本当にそう思います」

横溝「そうだね、すごく重要な曲だと思う」

三原「節目節目で弾いてきた曲ですからね」

横溝さんは留学から帰ってきたメンバーと自分とのギャップについてはどのように感じられましたか?

横溝「みんなの留学前は、各々が持てる力を最大限に発揮して、うまくいけばOK、誰かがダメなときは共倒れ...というやり方で、四人の間に"共通言語"がなかった。もちろん話し合って"こうしよう"というのはあったけど...。でも留学から帰ってきた3人の間には明らかな共通言語ができているのを感じたんです。だから彼らの話している言語に近づいていく、ということが一番大変だったし、むしろそれしかやっていなかったですね、その時は。でもあれから何年経ったんだっけ?」

富岡「5年は経ったね」

横溝「いまは、例えば彼らがネイティヴだとしたら、まだそこまではいかないかもしれないけど、彼らが音楽を通して何をしゃべったか、しゃべりたいかがわかるようになった。久々にやるこの曲で前とは違ういろいろなアプローチができると思います」

この曲の大変さはどこにあるんでしょう?

横溝「オーケストラみたいなダイナミックさがあって、それをたった4人(4本の弦)で表現するのが物凄く難しいですね。もちろん技術的にも。長さもあるので体力的にもきついですし」

富岡&三原「うん、きついよね」

ピアノ曲もそうなんですけど、シューベルトの後期の作品ってどんどん長くなっていく傾向がありますよね。

横溝「うん、オーケストラの曲でも《グレート》とか大変なことになってるし(笑)」

これだけ長大なものをまとめ上げるというのはそれだけでも大変ですよね。

富岡「ただ、長いものには必ず理由があるんですよね。作曲家が狙って長くしてて、ただ"長くなっちゃった"ということではないんです。長いことも一つの面白さだと思うんです。どこが長いのか、なんで長く感じるのか...、これがあるから長い、ということは作曲家の計算で、そこを素通りして演奏するんじゃなくて、強調することが重要です」

三原「これについては、僕らは音楽の"曲がり角"という言葉を使っています」

曲がり角?

富岡「まずは凡庸なものを想像するんです。"普通だったらこう展開するだろう"というものを。でもそうじゃなくて"こうやって曲がる"んだということを改めて確かめていくんです。まぁ作品の中でそういうことが何百と起きてるんですけど(笑)。それを一つも素通りせずいく、ということを大切にしています」

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*ここから、インタビュー後編です。

ウェールズの"進化"

それはやはり留学が大きなきっかけになったのでしょうか?

富岡「もちろん昔からやってはいたのですが、こうやって"説明"ができませんでした。先生はとても感覚的に教えてくださる方だったのですが、それを理解していく中で、自分たちの中で明確にハーモニー感というものができていったんだと思います」

以前、別のインタビューで横溝さんから伺ったのですが...、留学から帰ってきたみなさんを前にして、ハーモニー感が強まったことを感じたと仰っていました。やはり向こうで習ったことが影響しているのでしょうか?

富岡「それもありますが、そもそも留学するときに三原が新メンバーとして入ったことで変わったと思います。彼が入ったときに、ウェールズをこういうふうに変えたい、というアイディアをいくつかくれて...、まず音程を直されたんですよ」

三原「直されたって言い方はないでしょ(笑)!提案したんです」

富岡「そうだね(笑)。あとは、留学先の先生の教えもやはり大きいですね。以前は音楽がこんなにハーモニーに支配されてるとは思っていなかったんです。もちろんずっと立体的に弾こうとは思っていたけど、ハーモニーがかわるからといってタイミングをとったり、書いてない強弱をやるということに対して"やりすぎ"かな、と思うこともあって。でもシュミット先生に習ったことで決してそうではないことに気づけたし、大きくやり直しましたね」

横溝「そもそもヨーロッパは教育から違うんだろうね。日本は和声や音程の感覚をソルフェージュや楽典とかで"知識"として教えてはくれるけど、なかなか実技につなげて教えてくれることはない。ただ、ヨーロッパにいってみるとそれが当たり前に備わっている感じがして。教わったものなのか、もともと彼らが持っているものなのかはわからないけど」

三原「もしもあるとしたら、教会音楽が生活に密着していることが大きいかもしれない。毎週違う調で、しかもそこに歌詞がついたものを歌っていると、それが自然と入ってくるのかなって気がする」

富岡「教会は石の独特の響きがあるよね。同じ"よく響く"でも日本のお風呂とは違うんですよね。お風呂だとちょっとヘタで音程悪くても目立たないけど、教会では基音が響くのか、濁った状態で響くのが耐えられないくらいキツいんですよ。音程が良くないと全然ダメなんです。あれだけ響くのに」

横溝「湿度が関係してるのかもしれないね」

富岡「同じ"響きすぎる"、でも質がちがうんですよね。すっごいヴィブラートかけて音程悪いもの同士がなんとなく一緒にやるとすごくヤバく聞こえるんです。ちゃんとよくないと美しく聞こえない。向こうではほとんど教会で演奏して、ホールみたいなところではほとんど弾いていなかったので、それが和声感の構築に役立ったのかもしれません」


ウェールズの"ブレーン"三原久遠

これも以前横溝さんから伺ったのですが、ウェールズが大きく変わるきっかけの一つである三原さんは"ブレーン"的な存在なんですよね。

三原「最初はそうだったかもしれないですね」

横溝「今はだいぶみんなで一緒に、という感じになっているけど、それでもやっぱりその感じはありますね」

富岡「曲をどういうふうに弾くかということや、プログラムを考えたり、どういうコンサートにしようか、ということを考える"監督"みたいな面はあるかもしれません」

三原「組み立てたりとかそういうことが基本的に好きなんですよね」

富岡「三原がちゃんと考えてきたものに反対したりするのが僕の役割で」

横溝「俺と﨑谷は基本言われたものをそのままやる感じ(笑)」

富岡「俺が流れを面倒臭くしてます(笑)。彼が考えてきたものを一度練り直すというか...」

三原「でもそれがすごく大事なことなんです」

三原さんは最年少メンバーですが、先輩たちに言いづらい、とかってないんですか?(笑)

横溝&富岡「それはないでしょ(笑)」

三原「全くないですね(笑)もちろん僕は3つ下で、高校に入学したときなんて他のメンバーはすでに大学1年生だったけれど」

横溝「僕たちが通ってた桐朋学園って、本当に上下関係のない学校だから。そして人間的な部分も大事だけど、それ以上に、先輩の立場から言えば(笑)、"こいつうまいな"、という後輩とは自然と仲良くなるんだよね」

学生時代から三原さんが素晴らしい弾き手だということを先輩たちは感じていたのですね。

三原「というか、ダントツでクァルテットが好き、いうことが伝わっていたんだと思います。
ウェールズが発足したときくらいから彼らの演奏を聞いているので」

富岡「そもそもウェールズのはじまりは富山で開かれた室内楽講習会に参加することからだったんです。参加者は主に大学生で、その中に高校生の団体がいて目立ってました。しかも演奏を聴いたらめちゃめちゃうまくて。そのクァルテットのセカンドを弾いていたのが三原だったんです」

横溝「基本的にユルい感じの学生が多い学校なんですが(笑)、三原は若い時から落ち着いていて、目が違いましたね。知性を感じました。そこにも一目置かれてたよね」

すごく落ち着いてますもんね。

富岡「ようやく見た目と年齢が落ち着いてきたけど、昔からこんな感じなんでインパクトがありました」

三原「最近、"若返ったね"って言われることも(笑)」

高校生の時からセカンドを弾いていたようですが、やっぱりセカンドがお好きなんですか?

三原「そうですね。ウェールズに入る前に組んでいたクァルテットでも自分から望んでずっとセカンドを弾いてました。理由は自分でもよくわからないんですけれど」

富岡「珍しいですよね。ヴァイオリンやっててファーストじゃなくてセカンドを選ぶのって。どういうふうに育てたらこうなるのかわかんない(笑)」

和声的に支えるところに魅力を感じていたんでしょうか?

三原「確かに昔から和声にはすごく興味があったし、単純に和声の授業も大好きでした。
別に面白いものじゃなかったんですけどね。でも妙に一生懸命やっていましたね」


シューベルトに別のストーリーを組み合わせて

コンサートのお話に戻りましょうか。改めてすごいプログラムですけど、やはり三原さんが決めたんですか?

三原「そうですね。もちろんシューベルトの後期を3曲やりたいというところからスタートしました。そして一緒に演奏するプログラムにもストーリーをつけたかったんです。前半のモーツァルトとウェーベルンは去年のプログラムであるハイドンの第41番(Op.33-5)とベルクのOp.3にリンクしています。今回弾くモーツァルトの曲はいわゆる《ハイドンセット》のうちのひとつです。モーツァルトがこれらの作品を書こうと思った原動力が、当時出版されたハイドンの全6曲から成る《ロシア四重奏曲》(Op.33)で、その新しさにモーツァルトは感銘を受けています。特に今回演奏するモーツァルトの第15番は第4楽章にシチリアーノが入っていて、しかも変奏曲形式なので、第41番とはすごく共通性があるんです。モーツァルトは特に名言してないけれど、曲のアイディアからみて、ハイドンの第41番に対するリスペクトの一つだと思うんですよね」

ウェーベルンの《6つのバガテル》は珍しい曲ですよね。

三原「僕らの凄く気に入ってるレパートリーの一つなんです。演奏時間が4分と凝縮されていますが、これが書かれた時代はR.シュトラウスとかマーラーなんかがいて、大きいオーケストラ作品を書くことが主流でした。そんな時代にこれだけギュッとした作品を書いた新しさ。しかも無調で...まさに音楽の時代の"曲がり角"にある作品だと思います」


現在と今後の活動

皆さんはシューベルトにとって偉大な先輩となるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲の録音にも取り組んでいますよね。

富岡「まだ始まったばかりですが、やはりどんどん成長しているようで(笑)、録音ができる度に良くなっていると感じています。録音では、録音でしかできないことをやろうとしているんです。やはりホールで演奏するときは一番遠くの席のお客様にも届かせなければ、ということがあるのですが、録音だとそういうものがないので、考えた音楽解釈の一番効果的な音色で聴かせられるんですよね。音量と言う縛りがなくなるので、より可能性が広がるというか...。"聴こえないと意味がないからこのやり方はやめよう"と演奏会では断念するような繊細な作りこみ、というのも録音では聴かせることができますよね」

いよいよシューベルトシリーズが終わりますね。ベートーヴェンの録音はもちろんまだ継続されていくわけですが、今後取り組んでいきたい作品などはありますか?

三原「今後はモーツァルトのハイドンセットも全部やりたいですね。まだ演奏したことのない曲も3つあるので」

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ウェールズと第一生命ホールのカンケイ

2016年に15周年記念のガラ・コンサートに出演したことを含めれば、第一生命ホールでは4回目の演奏ですね。室内楽をやるのに理想的なホールだと思うのですが、皆さんにとって、このホールはどんな印象ですか?

富岡「とても相性のいいホールだと思っています」

横溝「メンバーそれぞれにお気に入りのホールというのはあるけれど、第一生命ホールは全員が大好きなホールです。なんといっても表現したいことを助けてくれるので」

富岡「部屋で弾くよりも演奏しやすいんですよね。室内楽ホールとしてはかなり大きいキャパなのに、あまりそれを感じないんです」

横溝「音が散っていかないからかな。想定したものをちゃんと出せるんだよね」

三原「可能性が広がるし、音楽に集中できますね。色々なことが自由にできる感じです」

たっぷりお話聞かせて頂きありがとうございました。当日のご盛会、今後の更なるご活躍を心からお祈りしています!