アーティスト・インタビュー

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石坂団十郎

小菅優の「ベートーヴェン詣」2018
小菅優&石坂団十郎
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ全曲演奏会 (全2回)

これぞ聴いてみたかった組み合わせ! ベートーヴェンと同じ故郷ボン出身で、日本人の父とドイツ人の母を持つチェリスト石坂団十郎さんが、ピアニスト小菅優さんとともにベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲演奏会を行います。団十郎さんは、2009年にもピアニストのマルクス・シルマー氏と第一生命ホールでオール・ベートーヴェン・プログラムを演奏していますが、今回は6月と12月の2回にわたり、チェロとピアノのための作品全曲を演奏します。
4月とある日、わずか3日間という日本滞在の合間をぬってお時間をいただき、団十郎さんにお話を伺いました。

小菅優さんとの初のデュオでベートーヴェン全曲を

第一生命ホールの印象は?

すばらしいホールだと思います。初めて第一生命ホールで演奏したのは、2004年、NHK交響楽団とのチャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」でしたが、「ああ本当にいいな」と。サイズもちょうどいいと思いました。3,000席くらいの大きなホールだと、普通より無理をして音を出さないといけませんが、第一生命ホール(767席)は無理をせず、自然に弾けます。お世辞ではなく(笑)。楽しみにしています。

小菅優と初のデュオ共演

小菅優さんとデュオの演奏会は初めてですか。

初めてです。新ダヴィッド同盟(水戸芸術館の専属楽団で、小菅さん、石坂さんはメンバー)では色々な室内楽を演奏しましたが、ふたりとも、いつかデュオもやってみたいという気持ちがありました。ちょうど彼女が「ベートーヴェン詣」のプロジェクト(ベートーヴェンのピアノつき室内楽作品を全曲演奏する企画)をやっていて、僕に「ベートーヴェンをやりませんか」と話があって「ぜひ」と。一度いっしょに弾いてみたら、すごくいい感じでした。 ベートーヴェンのチェロ・ソナタは、実はもともと「ピアノとチェロのためのソナタ」なのですが、チェリストにとって、とても大事なレパートリーです。

小菅さん[10歳の頃からザルツブルクに住みドイツ語圏での生活が長い]との会話は日本語ですか、ドイツ語ですか。

両方かな。新ダヴィッド同盟の時は、メンバー全員が日本人なので、僕も日本語でがんばって話しています(笑)。昔は、全然日本語をしゃべれませんでした。子どもの頃、(日本人の)父は日本語で話してくれなかったのです。でも今日は、日本語でインタビューに答えることに挑戦します(笑)。

子ども心にも演奏したいと思ったベートーヴェンのソナタ

子どもの時に、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第2番を演奏したいと思ったけれど、習っていた先生には反対されたそうですね。

ボンには色々な演奏家が来るので、小さいころから色々なコンサートを聴くことができました。7歳か8歳のころでしたか、ミッシャ・マイスキー(チェリスト)の演奏を聴いて大変感動しました。ピアノはマルタ・アルゲリッチでしたね。ベートーヴェンのチェロ・ソナタとシューベルトのアルペジオーネ・ソナタを弾いてくれて、大好きになりました。実家には、すごいレコードコレクションがあり、ロストロポーヴィチ、カザルス、デュプレといった有名なチェリストの録音もよく聴いていました。ですから、初めて聴いたわけではなかったのですが、やはり生で聴いたのは大きかったです。それで、ベートーヴェンのチェロ・ソナタを演奏したくなったのですが、先生がいうには、20代になってから勉強すべき曲だと。でも我慢できなくて、絶対に弾きたいと思って自分で練習していました。僕は、子どもがやりたいと思う曲は、やった方がいいと思いますけどね。「弾いてみたら?」と言ってくれたらよかったのですが、そういう方針だったようです。

ベートーヴェンのチェロ・ソナタの中でも、なぜ第2番を弾きたいと思ったのですか。

そのころの僕には、第4番や第5番は、さわろうとしても手が届かない感じだったかな。エベレストに登りたいと思っても登れないのと同じで。第2番には手が届きそうだったのかもしれません。

ベートーヴェンの何にそんなに惹かれたのでしょうか。

それぞれの作曲家は自分の音楽的な言葉を持っていますが、それがベートーヴェンは強いと思うのです。ベートーヴェンの表現は、強い。ピュアな音楽だと感じます。

第2番が特にピュアだと思われたのですか。

いや、それは第2番だけではありません。第2番は、その当時の僕にとって一番理解しやすいソナタだったというだけで。今は、一番好きなのは第4番かもしれません。すごく濃い、凝縮された、強い音楽だと思います。メロディーが不思議ですね。美しいのと、不思議なのと、いろいろなニュアンスがまざっているので、おもしろいというかユニークというか。やはり後期のベートーヴェンだなと思うのです。

第4番と第5番はOp.102ですから、ベートーヴェン後期の作品ですね。

後期のベートーヴェンは、チェロ・ソナタ以外も大好きです。例えば、弦楽四重奏曲。Op.132などは大好きです。実はむかしは、自分でもクァルテットをやりたいという夢がありました。でも、うちは、姉がピアノ、兄がヴァイオリンで、3人兄弟でトリオをやっていたので、クァルテットをやる自由はなくて、残念だと思っていました。ベートーヴェンは、ヴァイオリン・ソナタも好きですね。ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」や、第9番「クロイツェル」も。先日講習会をやった時、学生が初めて「春」をチェロで弾きましたが、すごくいい曲なので、自分でも弾いてみたいと思っています。「クロイツェル」はよくチェロでも弾かれます。ロシア人のチェリスト、イヴァン・モニゲッティによる録音 (C.ツェルニーによるチェロとピアノ編)もあります。

ヴァイオリン・ソナタは、第9番「クロイツェル」もOp.47で、比較的早い時代に書かれており、第10番Op.96だけが少し後に作曲されていますが、チェロ・ソナタは、第1番、第2番がOp.5で初期、第3番Op.69が中期の傑作、第4番、第5番はOp.102で後期ですね。

そうですね、ベートーヴェンのチェロ・ソナタは5曲しかありませんが、バランスよく色々な時代に書かれています。もちろんチェロ・ソナタ第5番も好きです。 ピアノ・ソナタも大変すばらしいと思います。昔、ピアノをやっていたころ、例えばピアノ・ソナタ第7番ニ長調、ソナタ第3番ハ長調などに挑戦したことがあるのですが、あまり才能がなくて(笑)。4歳の時にチェロをはじめて、何週間かですぐに分かったのです。もし音楽家になるとしたらチェリストになる、ということが、はっきりと。最初からチェロには縁がありましたね。前世の影響かもしれませんね(笑)。

つまり、ベートーヴェンは全部お好きなのですね。

そうです。もちろん交響曲も。

なぜベートーヴェンはチェロ協奏曲を書いてくれなかったんでしょうね。

でも、三重協奏曲[ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための協奏曲]がありますからね。2012年にN響とも共演しています [指揮:ロジャー・ノリントン、ピアノ:マルティン・ヘルムヒェン、ヴァイオリン:ヴェロニカ・エーベルレ] 。2020年にも日本で演奏する予定です。

初稿版の楽譜から分かるベートーヴェンの作曲法

Danjulo+Ishizaka011withcredit©Marco Borggreve.jpgのサムネイル画像2009年に、ピアノのマルクス・シルマーさんとベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会で日本ツアーをして、全曲ではありませんでしたが、第一生命ホールでも演奏していただきました。その時、そして今回も、チェロ・ソナタ第3番の第1楽章は、初稿版も演奏されますね。

やはりベートーヴェンの書き方が、おもしろいですね。モーツァルトと比べると違いが分かります。モーツァルトはパッと完璧なものをそのまま譜面に書いたのではないでしょうか。ベートーヴェンは葛藤して、自分でもよく分からない時があったようです。例えば、第3番第2楽章の冒頭は、最初の音はpp(ピアニッシモ)、次の音をff(フォルティッシモ)と書いています。誰も見たことがないような音楽なので、やはり不思議に思った出版社が、ベートーヴェンに「この強弱記号はあっていますか」と手紙で聞いたら、「いや、違いますね」と全部フォルティッシモにしたのです。でもその後、また手紙で、「やはり前のとおりに戻します」と。なかなか決められない時があったようですね。軽い感じで作曲はしなかったようです。ベートーヴェンは、常によく考えて、絶対的な音楽を探し求めていたのです。そこが好きです。それがベートーヴェンの特徴ですね。

天から降ってきたものというより、こうあるべきであるというものを探し求めたのですね。

もちろん降ってきたものも入っているでしょうけど、そんなに簡単なものではなかったと思います。そして、ベートーヴェンのメロディーは上品ですね。ベートーヴェンの音楽に出会った時、天国にいるようだと感じました。まるで神とつながっているかのような、彼が天国にいるかのような感じです。

前回、初稿版を演奏なさった時、暗譜でしたよね。通常演奏されているものとほぼ同じですが、ある部分だけチェロとピアノのパートが入れ替わったりしています。両方弾くのは混乱しませんか。

気をつけなくてはなりませんね。ベートーヴェンの曲はまだいいのです。プロコフィエフには、チェロ協奏曲Op.58と同じ素材でつくった交響的協奏曲Op,125がありますが、結構違っている。これを両方暗譜で同じシーズンに弾いたら"ヤバい"ですね(笑)。でもベートーヴェンの場合は、はっきりしていますから大丈夫です。

暗譜は得意な方ですか。

いや、指揮者のロリン・マゼールほどではないです(笑)。マゼールさんは、初めてスコアを見て、それでもう暗譜できたそうですね。しかも古典だけではなく、例えばペンデレツキ[ポーランドの作曲家、指揮者]の交響曲のスコアを、移動する飛行機の中で初めて読んで、リハーサルはもう暗譜。これは普通じゃないですけどね。

この初稿版は出版されていないのですか。

出版されていませんが、弾きたければ誰でも弾けると思います。僕はベートーヴェン・ハウスからのオファーで、この楽譜が発見された時に初めて弾いたのです。

チェロ・ソナタ第4番は、ベートーヴェンが求めた絶対的な音楽

Danjulo+Ishizaka039 (1)withcredit©Marco Borggreve.jpg今回のプログラムはどのように決めましたか?

優さんの意見も聞いて一緒に考えました。色々考えて、今回はこれが一番いいかなと。6月の第1回は、第4番がメインです。前回の全曲演奏会の時は、第4番ではなく第2番を最後にしましたが、最近、第4番が特別に好きなのでこうしました。第4番は、ベートーヴェンの求めた「絶対的な」音楽だと思います。 12月の第2回は、第3番を最後にしました。第3番はどちらかというとオペラのようなところがあります。特に最後のコーダのカデンツァの使い方などですね。メロディー自体も歌のようです。もちろん第1番、第2番もそういうところがありますが、この2曲で一番フォーカスされているのは、歌ではなくモティーフですね。それに比べて、第3番は歌っている。それで、やはりチェロのソナタの中で一番有名で人気があるのだと思います。とてもいい曲です。

それが第4番、第5番になると、また変わっていく?

そうですね、第5番の、レファミレレー、

譜例1.jpg

これはモティーフですし、ラーラーシー、

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これは、あまりきちんとしたテーマではないですよね。

ベートーヴェンは、確かに交響曲第5番でもモティーフだけで音楽を作っていますしね。

ブラームスの場合は、モティーフから作ったのに、それでもすごく歌っている方向にいったのです。でもベートーヴェンは、ドライというほどでもないのですが、熱かったり、相手をハグしたりするような感じではない。犬と猫の違いとでもいいましょうか。ベートーヴェンは猫ですね。

ブラームスは犬、で心に寄り添ってくれるような?

そうですね。

ベートーヴェンの生まれ故郷ボン

そうでしたか。団十郎さんは、ベートーヴェン・ハウスのあるボン生まれですね。

そう、ベートーヴェンの街。それが関係あるかもしれませんね。

ボンの人にとってベートーヴェンはやはり大きな存在でしょうね。

大きな存在ですね。神様みたいな。すごく大きな誇りです。ベートーヴェンといえば......全然違う話になりますが、ドイッチェ・バーン(ドイツ鉄道)が新しい車両1つ1つに有名人の名前をつけようとしていた時、ボンは、必ず1つはベートーヴェンの名前をつけてくださいと提案したんです。色々あって人の名前をつけるのはやめることにしたのですが、それでもボンはベートーヴェンの名前はつけるべきだと主張しています。結局まだ決まってはいないのですが。でもボンにとって、だけではないですね。1970年代に、打ち上げられた無人惑星探索機ボイジャーの金のレコードにも、ベートーヴェンの曲が収められているくらいですから。世界中の人々にとって重要な人物ですよね。

愛器ストラディヴァリウス「フォイアマン」

Danjulo+Ishizaka047withcredit©Marco Borggreve.jpg

楽器は、前回2009年の時とは違うのですね。

今は「フォイアマン」。エマニュエル・フォイアマンが使っていたストラド(ストラディヴァリウス)です。

以前使っていたストラドの「ロード・アイレスフォード」とは違いますか。

全く違います。キャラクターや音色や、形、モデルが全然違う。アイレスフォードは、ストラドの初期の時代の作品で、もともとバセットストラドといって大きかったので、小さく削られたのです。フォイアマンはストラドが最後に造ったチェロで、製作年代は34年くらい離れています。「アイレスフォード」は大きくて、低いバスが強かったのですが、「フォイアマン」はテノールのようで、ヴァイオリンみたいです。

団十郎さんの手になじんできましたか。

ストラドは、なじむということがない楽器ですね。人のようです。今日は機嫌が悪いという日もあります。旅行をすると疲れてしまったりね。湿気や温度もありますが。今日はやる気がないみたいだな、という時は「はい分かりました」と(笑)。優しくしないとだめなんです。使い始めてもう5年目ですね。スティーヴン・イッサーリスが長い間使っていまして、日本音楽財団に返したので、僕が使えることになりました。

フォイアマンが使って、その後、イッサーリスが使っていたのですか! チェロの方も、いい音楽を奏でる準備がいつでもできている感じでしょうね。

僕にとって、楽器の中には、これまで使っていたチェリストのオーラや情報が入っているように感じます。演奏していた人の影響は絶対あると思いますね。

第一生命ホールではフォイアマンを演奏する予定です。ストラドは、音が明るいところが好きですね。もともと現代のような大きなホール用には作っていないとは思うので、ストラドが作られた時代にはどんな音がしていたのか興味がありますね。当時は材料となる樹も違っていたと思うんですよね。50年間くらい夏も寒くて樹も成長が遅かったようで、年輪が狭くて目が詰まっているんです。他に、モダン楽器も持っています。中国やイスラエルなどストラドを持ち込めない国もありますし、特殊奏法で叩いたりできないので、現代曲もストラドで演奏しない方がいいですね。

教育普及活動について

今チェロを教えていらっしゃいますね。

ベルリンのUdK(ベルリン芸術大学)で教えているのと、この秋からバーゼルでも、モニゲッティの後任として教えます。教えると、これまで考えたことのないことを考えたり、色々なアイディアを得られたりしますね。学生と音楽について話すことは勉強になります。教えるのはとても好きですね。大事だと思います。例えば色々な音楽の演奏法がありますね、バロックとか古典とか、そういう違いを教えるのも大事ですよね。バッハとベートーヴェンを比べても、ヴィブラートやアーティキュレーションが結構違う。ベートーヴェンはピアノが重要ですから、それは結構考えるべきですね。特に強弱。ピアノがff(フォルティッシモ)で、チェロがf(フォルテ)、と書いてあったらなぜか、とかね。

我々の団体は、ホールの外へ音楽をお届けするアウトリーチも実施していますが、ドイツでもアウトリーチなどの活動はされていますか。

やっています。ラプソディー・イン・スクール[Rhapsody in school]というプロジェクトがありまして、たくさんのアーティストが参加しています。どこかの街で演奏会をやる時に、ラプソディーのスタッフから「ここでアウトリーチやりませんか」と連絡がくるので、受けられるときはやっています。ひとりで楽器や音楽について説明して、質問コーナーも設けます。色々な子どもがいますね。興味がなさそうな時もあるし、たくさん手が挙がって質問がくるときもあります。

ドイツの子どもたちにとっては、クラシック音楽は国の伝統音楽ですよね。

でも意識はしていないと思います。今はドイツでも、「ベートーヴェンが誰か知っていますか」と聞いても分からない子もいます。今は色々な音楽のジャンルがありますから、興味も色々な方向にいっています。ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲などの世界を味わうためには、やはり勉強することが必要だと思います。楽器をやっているなら初見で弾いてみたりして、曲自体を自分で勉強するのが一番だと思うのですが、交響曲や、ソナタや、色々な音楽を聴くことも勉強になると思います。勉強しないと難しいのは、特に現代曲ですね。本能的に伝わることもあるかもしれませんが、たいていは勉強が必要です。

勉強する甲斐があるということですよね。今回の演奏会もたくさんの人に楽しんでいただけるといいなと思います。

はい、皆さんと気持ちをシェアするのを楽しみにしています。

公演情報

小菅優の「ベートーヴェン詣」2018
小菅優&石坂団十郎
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ全曲演奏会I (全2回)

日時|2018年6月15日(金)19:00開演
日時|2018年12月15日(土)14:00開演
出演|小菅優(ピアノ) 石坂団十郎(チェロ)

公演の詳細はこちら 公演の詳細はこちら
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